何かがゆらゆらとこっちに向かってくる
あれは…なんだろう?
周りの通行人も向かってくるものに気がついたのか、立ち止まってざわざわしている
ぼやけた輪郭はゆらゆら近づくごとにはっきりと形を整える
それは人の形をしている
でも何か様子がおかしい
気付いた瞬間、背筋が冷たくなる
え、ゾンビ?
ゾンビって本当にいるの?
それもすごい数…!
これって、もしかして死ぬやつ?
貪り食われるやつ?
待って待ってやだよ、逃げなきゃ
気持ちとは裏腹に足が震え動かない
冷や汗も止まらない
どうしようどうしようどうしよう!
周りを見渡すと他の人々も動揺しうろたえる様子
その場にへたり込む人もいた
足動かさなきゃ、逃げなきゃ
距離を詰めてくるゾンビ達
だめだ、怖い動かない目が離せない
迫りくる恐怖の中、ふと何かに気がつく
見たことある顔ばかりな…気がする
懐かしい顔とか…あれ?
周囲の人々が口々に叫ぶ
過去の失恋だ!
ちくしょう!また襲ってきやがった!
もうやめて…もう許してよ…!
過去の、失恋?
…失恋?
恐怖と混乱の走馬灯がハイスピードでぎゅるぎゅる回る
初めて自分から告白して振られたあの人…
あ、あ、初めての彼氏!
結婚すると思ってた彼もいる…
…どういうこと?
過去に失恋した男たちだと分かったものの理解が追いつかない
後ずさりし、ゆっくり近づいてくる過去の男たちと距離を取る
混乱の残る頭を整理しようと周囲をもう一度見渡す
助けを求めひたすら逃げ回る人々
その辺で拾ったものを武器に戦う人
中には素手で殴りかかる人もいた
室内に逃げ込んだ人は周りを取り囲まれ絶望した様子
キョロキョロしてる私に誰かがぶつかってきた
あまりの衝撃によろけて倒れ込む
おい!
ぼーっとすんな!
死にたくなかったら戦え!
真上から怒鳴られた
我に返る
…そうだ、戦わなきゃ
過去の亡霊なんかに殺されてたまるか
逃げながらも律儀に背負ってたリュックの中を漁る
ライターと制汗スプレー
よし、いける
覚悟を決めて立ち上がり、振り返る
過去のゾンビ達がゆらゆらとまっすぐこちらに向かってくる
やることは分かったしもう落ち着いた、大丈夫
ライターに火をつけてスプレーを構える
ゾンビ達が射程内に入るまで距離を縮める
みんな、おひさしぶり
急に襲ってくるからびっくりしちゃった
懐かしいね、色んな記憶思い出したわ
けどさ
君たちもういらないんだよね
もう二度さ、急にこういう事しないでくれる?
精神衛生上迷惑なんだわっ
ぎりぎりまで距離を詰めたところで思い切りスプレーを噴射した
目の前が真っ赤に染まっていく
次々と燃え移り、ゆらゆら崩れ落ちていくゾンビ達
もう顔も体も焼け落ちて誰が誰だか分からない
灰色の煙が上がるころには黒いひとつの塊となっていた
さよーなら
かつての想い人たちに別れを告げる
返事はない
もうただの黒い塊だ
なんだか苦いのは煙のせいだろう
6/4/2023, 2:18:18 AM