何もいらない、そう思う人の心境はどのようなものなのだろうか。
欲しいものが全て手に入ったから、もう何もいらない
辛いことが続き、自暴自棄になって何もいらない
どちらにも共通しているのは、変化を拒む行為だということ。
何もいらないは、変化を拒む行為だと思う。つまり、何もいらないと言う人は穏やかな時を望む人のことなのだろう
「何もいらない」
昔スパイダーマンの映画を見た時に「傷つくのが怖いから、未来に期待しないで生きている」と、このようなニュアンスのセリフを言っているシーンを観たことがある
このシーンを初めてみたとき、自分と同じような感覚を持っている人がいたことに少し感動したことをいまだに覚えている
未来への期待と現実の落差に踊らされることを、別に考えていたわけではないが、何となく避けていた。防衛本能みたいなものなのかもしれない。
そんな自分でも、全く未来に期待を抱かないようにするというのは至難の業だった。淡い期待が浮かんでは消して浮かんでは消してを今でもやめられないでいる。
もしも未来を見れるなら、こんな期待感を消すような作業も無くなるだろう。
ところで、未来への期待の落差は悪いことばかりではないみたいだ。ガチャを引くときやパチンコを引くときに、ドーパミンが出るのは期待していたよりもいい結果が出てくるからだそうだ。2000円かけて3000円になるよりも、10000円かけて5000円勝つほうが嬉しいと聞いたことがある。計算が苦手だから詳しいことはわからないが、期待値で言ったら後者のほうが低いのかもしれない。だからこそドーパミンが出やすいという。
未来に期待はしないが失望もしない。そんな考え方もゆるく生きていくには大切なことだと思った。
「もしも未来を見れるなら」
情熱的な赤やクールな青、優しい緑、色にはそれぞれのイメージがついている。面接の時も、何色が好きかでその人の考え方を推し量ることがあるという
色というのはそれだけに重要な刺激を与えてくれる必要不可欠なものらしい
自分は灰色が好きなのだが、灰色は落ち着いていて、上品なイメージ、知的でクールなイメージ、柔軟でバランス感覚がありミステリアスで控えめなイメージがあるらしい
どれも自分とはかけ離れたイメージだ
自分は灰色が似合う人間ではなかったようだけど、いつかは灰色が似合う人間になりたいので、今日からクレバーな大人を演じてとりあえず自炊できるように頑張りたいと思う
色のない世界ではできない目標の立て方ができるこの世界は、想像力が自分が思っている以上に大切なのかもしれない
「無色の世界」