6個入りのピノの箱に、たったひとつだけピノが残されている。
前向きに捉えるなら「一個も残っている」と言えるかもしれないが、これは私が私のために私のお金である180円を払って買ってきた貴重なものなのだ。それが食われている。誰かによって。5つの虚無ピノと空になった5つの窪みは、その事実を私に知らしめる。
「誰だ」
【お題:たったひとつの希望】
「あんたさあ、欲とかないの」
「欲って?」
「あそこに行きたいとかこれをしたいとか、極上サーロインステーキを腹がはち切れるくらい食いたいとか」
「最後のはヒロカのだね」
「そ。そういうのないの? ユイは」
「うーん」
春の海は凪いでいて、心地よい波音が私たちの間の沈黙をくすぐる。
島の外れにあるこの海岸は学校から遠く、平日の夕方は大抵誰もいない。平らな防波堤に並んで腰掛けて、ヒロカと私と、こうして海を見ながら話すのがいつものことだった。
「ないなあ」
「ああー! 困る!」
ヒロカは大げさに頭を抱えて仰向けに倒れる。
「ネタ切れなんだわ。誕生日プレゼント。何年友達やってんだよ。ノートにハンカチにぬいぐるみに、去年はパフェ奢ったし。ほんとなんでも良いから、なんか欲しいもの言ってよ」
「ふふふ」
「そこ笑うとこ?」
「ヒロカが必死すぎるから」
「はー!? 誰のせいでこんなに追い詰められてると思ってんの!」
足をばたつかせる彼女がおかしくてまた笑ってしまう。
「ほんと、何にもいらないよ」
こうしてヒロカと話せる時間が何より好きだから。
【お題:欲望】
遠くの街へ行きます。という書き置きを残して母が行方不明になったのが十年前。
あなたたちの幸せが私の幸せよ、なんて朗らかに笑っていた母がなぜ。
悲しみと寂しさに暮れ、それでも容赦なく部屋は汚れお腹は空くので、父と私と弟の三人で見よう見まねで家事をして。
【お題:遠くの街へ】
そんなこと言ったって、やりたくないことはやりたくないのだ。
私だって好き好んでミカンばかり食べているわけではない。これで5個目。指先はミカン汁で黄色くなってきたし、いい加減歯ごたえのあるスナック菓子も食べたくなって来たけど、今こたつから立ち上がったら現実を直視せざるを得なくなる。見ざる聞かざる言わざるプロポーザル。プロポーザルってどういう意味だっけ?勧めるだか推奨だか。知らん。今は指がベタベタだからスマホで調べ物もできない。
【お題:現実逃避】
「薄氷の三日月」という名のカクテルを、このバーでは出しているという。公には
【お題:三日月】