もち太郎を吸う。こいつは相変わらず もちもちで、生活の匂いが染みついていて安心する。そろそろクリーニングに出さねばと思うけど、この匂いが好きでなかなか手放せない。
雨は上がったけど、パッとしない曇り空。気圧からくる頭痛はまだ治らなくて、ベッドに寝転んだまま窓の外の空を仰ぐ。雲が目まぐるしく流れていく。
結局来なかったなあ。
別に待っていたわけじゃないけど。
昨日は通知の鳴り止まなかったスマホが、今日はしんと静かだ。諦めたのだろうか。
このままずっと静かな時間が続けばいいのに。
叶わないと分かっていても、窓から流れてくる涼やかな風が心地よくて、もう一度もち太郎を存分に吸って、気付いたらまた眠ってしまっていた。
【お題:雨上がり】
満月を飲んで窒息したので会社を辞めた。
【お題:記憶の海】
仕事やめちゃいなよ。と、ささやきが聞こえた。
空耳かもしれない。駅のホームで行き交う人の声を拾ってしまっただけかもしれない。それでも私は、そのささやきに強く惹かれてしまった。
元々向いていない仕事だと分かっていた。
一週間で50組のカップルを成立させろ。というのが上司から課せられたノルマで、支給された弓はオンボロで、矢はなぜか48本しかなかった。
50組のカップルを成立させるには、普通に考えれば100本必要なはず。どちらかが片思いで、それをくっつけるにしても、50本は必要だ。
上司に掛け合ったところ「自分で考えろ」の一点張り。
頼みの綱のサポート役の先輩も自分のノルマで忙しく、「なんかこうガーッとやってバーッ!」で終了。
ちなみに私は学生時代は弓道部ではなかったし、彼氏いない歴=年齢の干物女。矢ってどうやって打つんですか?張り詰めた糸の力で飛ぶのは分かるけど引っ張る間とうやって固定するの?ゆびぢからオンリーなんですか?なんて愚痴っていたら早3日が過ぎてしまい。
【お題:ささやき】
物語はいつも、大嫌いなヤツに出くわすところからはじまる。
「ちわっす! 奇遇だね千紗ちゃん、同じ部署だなんて」
そして、もう二度と会いたくないと思ってたそいつと、これから毎日顔を合わせることになるという災難までがセットだ。ハッピーセットっていうかアンハッピーセット。これから何の物語が始まるんです? お仕事系ドラマならまだしも恋愛モノとかごめんなんだけど。
「あのさ、一応あなたの先輩になるんだけど」
「じゃあ千紗ちゃん先輩っすね!」
「変なラジオネームみたいに呼ぶんじゃない!」
こんなヤツと始まる物語なら速攻終わらせてやる。
【お題:物語の始まり】
春に必ず風邪を引く。
寒暖差で体力を奪われ、新しい環境で気疲れし、そして春になったから自分を変えなければと焦り、慣れないオシャレなカバンを持って折りたたみ傘を忘れ、にわか雨に打たれてジ・エンドである。
遮光カーテンの隙間から外が見える。昼下がりの日差しに、散り際の桜が光っている。まぶしい。でも起き上がる元気もなく、寝返りをうって向きを変える。
【お題:春恋】