木枯らしが僕の初恋をさらっていった。
「ひゃー寒い!」
数メートル先にいる彼女が、そう言って隣にいる男にもたれかかった。
並木道の枯葉が風でカラカラと音を立てる。
クールで利発な人だと思っていた。一緒に図書委員として活動する中で、凛とした物腰とか、本を読む姿の美しさとか、そういうところに僕は惹かれた。
彼女は今、弾けるような眩しさで笑っている。寒さか、高揚か、頬を赤く染めている。僕の知らない男に向かって。
あんな顔するんだ。好きな男の前では。
渡そうとしていた手紙が、木枯らしになびいて手の中で暴れる。
もう終わった恋だ。切り替えた方が良い。彼女に伝えようとした言の葉なんて、一刻も早く忘れた方が良い。その方がお互いのため。
それでも、強風にもぎ取られそうになるそれを、僕は手放すことができなかった。
彼女が手を男に差し出す。男がそれを握る。
彼女の手は温かいだろうか。それとも冷えているのだろうか。
乾ききった冬の景色がにじんで、僕はこれ以上彼女の姿を見るのが耐えられなくなった。
もうこれ以上、好きになってはいけない。
【お題:木枯らし】
きみの首筋にアンタレスが光っている。
アンタレスとはさそり座の心臓にあたる赤い星。きみの白く美しい首筋に隠れているホクロのことを、僕は勝手にそう呼んでいる。
いつも髪を下ろしているから、ここにホクロがあることを知る人は少ないだろう。
でも後ろの席の僕は知っている。髪をかきあげるその時に垣間見えるその一等星を。
「ちょっと」
気がつけば、きみは怪訝な顔でこちらを向いている。
「何?」
「今見てたでしょ」
「何が?」
「私のこと」
「見てないよ」
「うそつき」
きみはまた前を向いてしまった。
……うん?
なんで真後ろにいる僕が見ていることに気づいたんだ?
きみの机の上で何かがキラッと光る。手鏡だ。
僕は知らなかった。その手鏡で、きみが僕の様子を見ていたことを。
【お題:美しい】
「こんな世界間違ってる!」
白雪姫はそう言って林檎を握りつぶした。
【お題:この世界は】
どうして、って言われても、困る。
世の中には、理由が分からなくともそこに存在するものはあるし、物理はその事実の根拠を見つかるための学問ではあるが、未だ解明されていない謎も多い。
そもそも私たちを構成する最小単位の原子だって、なぜ陽子と中性子から成り立つのか、なぜ電子がその周りをうろうろしているのか結局のところ分かっていないし、理由は分からなくとも、とにかくそこに「ある」ことを前提として話が進められる。
それならその「よく分からない原子」で構成されている私たちだって、なぜ存在が成り立ってるのか、どうして命が宿っているのか、考えるより、まずそこに「ある」ことを認めてしまった方が良い。
「本当にそうですかね」
「そうだよ。考えるだけ時間の無駄だ」
「ふうん。ところで先生」
真田は背中に回していた手を出した。手には四角い包み。
「今朝三時からめちゃくちゃ頑張って作ったこの弁当を、ただ毎週3コマ授業で顔を合わせるだけの先生に渡しますね」
「え、なんで」
「なんでじゃないですよ。理由なんて考えてもしょうがないんですよね。事実として受け取って下さい」
真田は僕に弁当を押し付けて、足早に去って行った。
【お題:どうして】
私は今をときめくベストセラー作家。
ネットに投稿していた小説が、ある日インフルエンサーの目に留まりTikTokで紹介され、そこから人気に火がついて。
また勉強サボってそんなことして、なんて家族から呆れられて、でも小説を書いている時は私で私でいられたから。
だからたくさんの人に支持してもらえるのは自信につながる。作品に寄せられるイイネの数が多ければ多いほど、家族を見返せる気がしたから。
ふう、とため息をつくと、マッチ売りの少女みたいに、妄想の灯火は消えた。
そんなこと、あるわけない。
本当は、イイネなんてひとつももらえていなくて。たまにイイネしてくるのは、近しい友人くらいで。それもきっと、友達付き合いの一環だろうし。
家族の言うとおり、大人しく勉強していた方が将来のためにはなるんだろう。
誰にも読んでもらえない小説を書き続けてなんの意味がある。
やめちゃおうかな。
くすぶる妄想の灯火を胸に、冷え切った布団に入って眠りにつく。
私は知らなかった。眠った後に、ポン、とスマホに通知が来たこと。
それはおなじみの友人からで、たった一つのイイネと、たった一文のメッセージ。
「やっぱりあなたの書く小説が好きだよ。この作品の続き、もっと読みたいな」
【お題:夢を見てたい】