どうして、って言われても、困る。
世の中には、理由が分からなくともそこに存在するものはあるし、物理はその事実の根拠を見つかるための学問ではあるが、未だ解明されていない謎も多い。
そもそも私たちを構成する最小単位の原子だって、なぜ陽子と中性子から成り立つのか、なぜ電子がその周りをうろうろしているのか結局のところ分かっていないし、理由は分からなくとも、とにかくそこに「ある」ことを前提として話が進められる。
それならその「よく分からない原子」で構成されている私たちだって、なぜ存在が成り立ってるのか、どうして命が宿っているのか、考えるより、まずそこに「ある」ことを認めてしまった方が良い。
「本当にそうですかね」
「そうだよ。考えるだけ時間の無駄だ」
「ふうん。ところで先生」
真田は背中に回していた手を出した。手には四角い包み。
「今朝三時からめちゃくちゃ頑張って作ったこの弁当を、ただ毎週3コマ授業で顔を合わせるだけの先生に渡しますね」
「え、なんで」
「なんでじゃないですよ。理由なんて考えてもしょうがないんですよね。事実として受け取って下さい」
真田は僕に弁当を押し付けて、足早に去って行った。
【お題:どうして】
私は今をときめくベストセラー作家。
ネットに投稿していた小説が、ある日インフルエンサーの目に留まりTikTokで紹介され、そこから人気に火がついて。
また勉強サボってそんなことして、なんて家族から呆れられて、でも小説を書いている時は私で私でいられたから。
だからたくさんの人に支持してもらえるのは自信につながる。作品に寄せられるイイネの数が多ければ多いほど、家族を見返せる気がしたから。
ふう、とため息をつくと、マッチ売りの少女みたいに、妄想の灯火は消えた。
そんなこと、あるわけない。
本当は、イイネなんてひとつももらえていなくて。たまにイイネしてくるのは、近しい友人くらいで。それもきっと、友達付き合いの一環だろうし。
家族の言うとおり、大人しく勉強していた方が将来のためにはなるんだろう。
誰にも読んでもらえない小説を書き続けてなんの意味がある。
やめちゃおうかな。
くすぶる妄想の灯火を胸に、冷え切った布団に入って眠りにつく。
私は知らなかった。眠った後に、ポン、とスマホに通知が来たこと。
それはおなじみの友人からで、たった一つのイイネと、たった一文のメッセージ。
「やっぱりあなたの書く小説が好きだよ。この作品の続き、もっと読みたいな」
【お題:夢を見てたい】
「あったかーい……」
温かくて白くてすべすべしていて。凍てつく寒さの中、私はそれを両手で包み込んで頬ずりをする。
「ちょっと」
「ふへへ、いいじゃんこれくらい」
カナトに怪訝そうな顔で見られながらも、私はそれをやめられない。
「あー、ずっとここのままでいたい……」
通学途中のファミマの前。こんな寒い冬の日には、ほかほかの肉まんが一番だ。
ひゅうっと木枯らしが吹く。
「さぶっ」
「早く早く」
カナトがこちらに手を差し出す。指先の赤くかじかんでいる。手袋をしていないのは、さっきまで私と手をつないでいたから。
「俺も寒い」
「やだ。カナトの手、冷たいんだもん」
【お題:ずっとこのまま】
布団から出たくない。
【お題:寒さが身に染みて】
砂時計のガラスが割れると、パキリと小さな音がして、それから甘いような苦いような不思議な香りが立ち上った。
「この香りは?」
「砂ですよ。熟成するんです」
マスターは砂をコーヒードリッパーにあけた。
砂は一見灰色だが、よく見ると色々な粒が混ざっている。金や銀、青やピンクまである。
「この粒ひとつひとつが、あなたの生きてきた時間ですよ」
「生きてきた、時間」
「そう、生まれてから今日までの20年間。長い時間をかけて混ざり合って、こうして独特な香りになる」
お湯が注がれると、砂が柔らかく膨らみ、温かな湯気が立ち上った。
20年か。思い起こせば、辛いことも悲しいことも、色々なことがあったけれど。
「本当に美味しいんですか?」
あまり自信がない。
「それは、飲んでからのお楽しみ」
砂を通過してドリッパーの下に落ちてきた液体は、夜の色をしていた。
骨のように白いコーヒーカップに、私の生きた20年の時間が注がれる。
「どうぞ」
恐る恐る、カップを手に取る。
「いただきます」
ごくっと飲んでみると、なんだ、そのままの味じゃないか。甘くて苦くて酸っぱくて、色々な時間がぎゅっと詰まっていて。
「どう?」
「美味しくない……でも」
すごく温かい。
そう伝えると、マスターは微笑んだ。
「20歳、おめでとう」
【不思議な喫茶店(お題:20歳)】