テレビに映るバレーボールの試合。
目を閉じると、文字通り血反吐吐いて練習した子どもの頃を思い出す。
10年の選手人生の中で、初めに脳裏によぎるのは決まってあなたと何度も戦った練習試合だった。
流れるようなフォームでスパイクを放つ、私より小柄なあなた。
ショートヘアをさらりと揺らし、軽やかに着地する。
この場の誰よりも、試合中に絶対に目を離してはいけないボールでさえも霞んでしまうほどにあなたが輝いて見えた。
同じポジションとして、悔しい。
見惚れるほどに美しいフォームから放たれる強打は、自陣に重い音を響かせ叩き込まれる。
「ナイスキー」
「もう一本」
チームメイトに声をかけられ、あなたは笑顔でそれに応じる。
刹那、あなたが振り返り、目が合う。
同時にニヤリと嫌味は感じられない、可愛げのある笑顔を向けられる。
あなたは、私の最大のライバル。
悔しいけど今日もいいスパイクだ。
私は闘志を隠さず、また笑顔でそれに応じた。
ああ、くそ。
可愛いな。
何度も練習試合で対戦するうちに、あなたのプレーも打つ瞬間のくせも頭に叩き込んだ。
背番号は5番。
攻撃の要、要注意プレイヤー。
試合終了の合図と共に、両チーム整列し握手を交わす。
試合開始と終了時に握手を交わすのがバレーボールのしきたりだが、あなたと直接交流ができるこの瞬間が何よりも楽しみだった。
「ありがとうございました」
私とあなたは毎回、他の選手よりも長めに握手を交わす。
試合よりも緊張してしまい、いつも言葉は出てこなかった。
あなたのことは、プレーと背番号しか知らない。
名前を知りたいと思っても、いつも言葉が出てこない。
来週もあなたのチームと練習試合を組んでほしい。
できることなら、公式戦で『また』のない試合をしたい。
そう思っていた。
大人になって気づいた、初恋だった。
高校に入学して、一目であなただと気づいた。
私は監督との話し合いの末、バレー部に入部することになったが、あなたはバレーボールを辞めていた。
声をかけることはしなかった。
あなたも同様に、私に気づいてくれていた。
目が合って、互いに微笑む。
それだけで十分だった。
あなたの鮮やかなプレーに憧れていた。
でも、負けたくはなかった。
可愛い笑顔で、手を差し出すあなたが好きだった。
あなたと仲良くなりなかったあの頃。
でも、名前すらも知らなかった。
初恋にも気づかなかった。
でも、それでよかった、と今は思う。
私もあなたも、女の子だから。
大きなリスクを負ってまで、過ぎた思い出を苦くする必要はない。
あの頃の淡い気持ちは、私のバレーボール人生の支えとなり、これからも心を照らしてくれる。
理想のあなた、ありがとう。
5/20 理想のあなた
鈴虫の声が聞こえる静かな夜だった。
食卓には、ラップのかかった皿に私の大好物であるハンバーグ。
そして一枚の書き置きが添えてある。
「ごめんね、大好きよ」
丸みを帯びた優しい文字。私の大好きな字。
台所の隅には、泣き腫らした目をした妹が背を丸めて膝を抱えていた。
彼女のお気に入りのぬいぐるみは、力無く床に横たわっている。
22時を知らせる古時計の鐘が鳴り終わり、私は確信した。
ママはもう、帰っては来ない。
5/19 突然の別れ