眠れないほど
悩んでる事があっても
朝になれば割と普通に日常生活は送れるもので
上手く隠せば誰にもバレないと思ってたのに
「最近元気ない?」
友達からきたLINEにぎくっとした
なんでバレたんだろう?
上手くやってたはずなのに…
もう言っちゃおうかな?
いやいや、言ったらそんなことで悩んで馬鹿みたいって言われちゃうかも…
皆同じだよって言われちゃうかも…
あれ?私の友達ってそんな人だった?
優しくていつもにこにこしてて、ちょっとメイク変えただけで可愛い可愛いって大絶賛してくれて
一緒にいると楽しいって定期的に言ってくれるような人じゃなかった?
「悩みがあって、最近寝不足で…」
短い文章なのに送るのが怖くて
一生懸命押した送信ボタン、既読はすぐに付いた
言わなきゃ良かったな、なんて答えていいかわかんないよね…
弱気になってたら急にスマホの画面が通話を知らせてて
驚いて反射的に出た私に友達の声が聞こえてきた
「もう、そういうことは早く言ってよ!!話くらいいくらでも聞くし!」
そういうところ遠慮がちなんだからと怒った声に安心して噴き出してしまった
ああ、なんかこれだけで今日はよく眠れそうな気がしてきた
「あ、もう遅いし、別日が良かった?思わず電話でしちゃったよ」
「ううん、聞いてほしいな。なんか話したら眠れそうな気がするの」
じゃあ、話そうって優しい声が聞こえてきて
顔は見えないけど、私の大好きな笑顔で言ってくれてるだろうなと思ったらなんだか泣きそうになってきた
私の良い友達に恵まれてるなって
大好きだけど大切だけど、でも声を聞いただけで、笑顔を想像しただけで泣きそうになったのはバレたくないな…って
強がりな私はそう思った
こんにちは、22歳の私様
私32歳の私と申します
あなたは今頃就活で忙しい時期ですね
好きな事を仕事にすればきっと長く続けられる!そう夢見て興味のある職種を見漁っている頃でしょう
血も涙もない事を言いますが、好きだろうが嫌いだろうが続く時は続くし、続かない時は続きません
これが現実です
就職してからは大好きな仕事でワクワクして残業だって何のその、いち早く慣れていち早く会社の一員になりたいと目を輝かせ努力したものです
立派な気持ちですが、そんなものは1年も経てば消え去ります
今はとにかく家に帰りたい
ソファで足を投げ出して動画を見る時間は至福です
何にも代えられません
ある程度年数が経って仕事に慣れてくれば教育係という恐ろしい立場が待っています
とにかく苦手
自分だってろくに教育出来ないのに他人のしかも自分より歳下の子を一人前に育ってあげるなんてできるはずないのです
出来なければ怒られるのは私
指導不足、なら指導の仕方を覚えるのでこちらにも教育係をつけてほしいものです
しかも劇的な出世でもしなければ、私には上司がいて年数が経てば部下ができるわけです
気が利かない、残業をしないと部下の文句を言う上司、あの上司の発言はパワハラだと憤慨する部下、板挟みで涙目の私
私が何をしたというのでしょう、何で私に何でも言うのでしょう?
結局貼り付けた笑顔でどちらも諌めるのです
どうでしょう?こんな人生嫌だって思いました?
奇遇ですね、私も月に2.3回は思ってます。
22歳の私様、あなたは夢や希望に溢れキラキラしていて、私には眩しいです
私はあなたが大好きです、戻れることなら戻りたいです
でもそういうわけにはいかないので私はこれからもこの人生を生きていくのです
最悪な人生と思われるかもしれないのですが、実はそればっかりではありません
仕事終わりのビールは美味しいし、推しの配信は癒されるし、たまに行くライブは若返ったと思うくらいいきいきしています
私は割と楽しく、逞しく生きています
だから心配せず飛び込んでおいでね
飛び込んだ先がこんなところじゃ嫌かもしれないけど、人生は薔薇色じゃないけど、人様に自慢できるものもないけど、あなたみたいなキラキラした夢ももう見れないけど
いつか私は色々あったけどこの人生で幸せだったと胸を張って言えるように頑張ります
それでは22歳の私様、またいつかお話しましょうね
さよならは言わないで
私が最後に言ったお願いだから律儀に叶えようとしてるみたいで
さっきから一生懸命に言葉を選んでる
えっと…って言葉に詰まってる
わかってるよ、わかってる
あなたはちゃんと私の事を想ってくれてる
言葉にするのが下手で行動に移せば空回りして
そうだよ、そういうとこだよ
さよならは言わないで
これは私のわがまま
だってあなた決めるとこは決めちゃうじゃない
告白の時だって
夢を叶えるのに遠くに行くって言った時だって
いつもいつも不器用なくせにそういう時だけ決めちゃうじゃない
だからあなたからは絶対に聞きたくないの
聞いたら私はこれから先あなたなしで歩いていけなくなっちゃう
あなたのさよならがずっと心に残っちゃう
ありがとうも聞きたくない、出会えて良かったも聞きたくない、さよならも聞きたくない
へらへら笑わないでちょっと微笑む大人びた表情も見たくない
「今までありがとう、さよなら」
私から言わないでって言ったくせに、自分で言うのは良いなんてわがままでしょ?
「…うん」
なのに最後まで私のお願い聞いてくれるんだね
言いたいこといっぱいあるでしょ
言わないだけで聞きたいこと本当はあったでしょ
そうだよ、そういうとこだよ
私の大好きだったところ
歳を重ねる毎に取り繕うのが上手くなって、私の周りにはたくさんの仮面が増えていった
人によって、日によって、場所によって付け替えるそれは私の宝物
私がキラキラした眩しい世界で上手く生きていく為に、まあまあ綺麗に生きていく為に私を着飾るもの
私の生きる術だ
別に悪い事じゃないでしょ?
皆してるでしょ?
仮面をつけた私の方が皆好きでしょ?
文句を言わない私、人の嫌がる事を率先してする私、誰にでも優しい私
私は良い人
そう、それでいいの
ただ最近ちょっと疲れただけ
ちょっとで良いから休みたいだけ
キラキラした世界をぼけっと外側から眺めてたら
私を挟んで後ろは真っ暗だった
何となくわかる
ちょっと油断したらきっとこの真っ暗な世界に落ちちゃうと思うんだ
きっとこっちの世界なら仮面なんて被らなくても生きていけるんだろう
ずっと1人だろうけど
別に誰といたくもないし、誰と話したくもないし
良い人でいなくていい世界
私にはこっちの方が合ってるのかも
「ねぇ、何してるの?そっちじゃなくてこっちだよ!」
後1歩だったのに手首を掴まれて、誰かに引き戻された
そのまま明るい方へ連れて行かれる
え、ちょっと待って!そっち行くの?それなら仮面を被らなきゃ!
良い人でいれなくなっちゃう!皆から嫌われちゃう!
「仮面ってこれ?この足元のやつ?」
そうだよ、これは私の宝物、これがなきゃ上手く生きられないの!
「こんなものが大事なの?塗装が剥がれてボロボロで、本当にこれが大事なの?」
そんなわけない!色とりどりで凄く綺麗で、私はこれで着飾って生きてるんだから!
…綺麗だよね?
ひび割れがあるもの、剥がれかかってるもの、かけてるもの、真っ黒のもの…
なんで?凄く綺麗だったのに…
皆から好かれる私の顔だったのに…
私は文句なんて言わずに一生懸命仕事してる!
-あの人何の意見も言わないね
人の嫌がる事だって私が全てやる!
-面倒な事全部任せられていいね
誰にでも優しく接してるし!
-誰にでも良い顔して八方美人だよね
仮面をつけた私は皆に好かれてるよね?
皆私の事好きだよね?
私は良い人
-都合のいい人
-どうでもいい人
-いなくてもいい人
ああ、なんだ私は仮面をつけたってダメなんだ
誰からも好きになってもらえないんだ
「君の仮面の下の顔は凄く綺麗だよ、忘れちゃった?本当の自分の顔、美味しいもの食べた時はにこにこして、悲しい映画を見た時はぼろぼろ泣いて、ころころころころ変わる表情は本当に綺麗なんだよ?忘れちゃった?」
私そんなに表情あったっけ?貼り付けた笑顔が私の顔だと思ってた。
「仮面の下を見ようともしない人達に好かれ嬉しい?
本当の君を見ようとしてくれる人に大切にしてもらえたらその方が嬉しくない?」
だからこれは置いて行こう、って指された足元の仮面は私が後生大事にしようと思ってたキラキラした仮面じゃなかった。こんなもの大事に大事にしてたんだな。
「こんなにたくさんつけて重かったでしょ!」
けらけらけらけら、私の腕を引いてくれてる誰かが笑う。
私この人のこと知ってる。
美味しいものを食べてにこにこ笑う、悲しい映画ではぼろぼろ泣く、そんな人だ。
「うん、凄く重かった!だからもういらない」
ありがとうって言ったら私にそっくりな笑顔でその人は笑ってくれた気がした。
いつの間にか私を引いてくれる手はなかったけど、キラキラした世界はまだまだ眩しかったけど、もう1人でも歩いていけると思った。
とんっと肘がぶつかって反射的にごめんと謝った僕にこちらこそと彼女は微笑んだ
そういえば最近よくこんな風なやりとりをする気がする
一緒に勉強をしてる時
隣同士の席でお互いの友達を交えて話してる時
放課後取り留めもない話で笑ってる時
大体肘か肩がぶつかって、女の子相手に申し訳ないな、なんて僕がすぐ謝って、彼女がこちらこそと笑う
え、僕距離感掴めてない…?
えー、人によくぶつかる程とかヤバくない…?
「ねぇ!聞いてる?」
いきなりドアップの彼女が僕の思考を全部掻っ攫って行った
いやいや、近い近い!
それは顔が違すぎるでしょ!
聞いてなかったのは悪かったけど!
「もー、やっぱり聞いてなかった!」
ムッとした彼女が座り直したのは僕の隣で
…それも近くない?
だってちょっと動けば肩が触れそう
今だってお互いの手が触れそうだし
今日近いな…いや、今日だけじゃない
一緒に勉強してる時も友達と話してる時も今みたいななんでもない話の時も
彼女は僕の凄く近くにいた
鈍感な僕はノート見えにくいかなとか話聞こえづらいかなとしか思ってなかったけど…
あ、なんだ
この距離は
この近さは
彼女が僕に許してくれる距離感だ
不器用で素直じゃない彼女が一生懸命に行動してくれたのに僕は本当にこういうことに気づかないんだな
「あのさ!」
大きい声を出した僕に彼女が驚いた顔をする
「手繋いでもいい?」
あれ、なんか違う気がする…
「え、今?急に?」
そうだよね、これ絶対違うよね
間違えたよね
「ごめん…なんか間違えた気がする」
項垂れた僕に彼女はお腹を抱えて笑った
苦しそうな息が漏れてる
一頻り笑った後、少し微笑んでいいよと手を出してくれた
あーあ、僕は本当に何かも彼女には絶対叶わないだろうし、察しは悪いし、彼女以上に不器用だけど
「好きだよ」
素直さは彼女よりはあるつもりなのでどんな事も恥ずかしがらずに伝えていこう
遠慮がちに握った手の先、彼女は本当に本当に嬉しそうに笑ってくれた
これからもこの1番近い距離でこんな彼女の表情が見れたら嬉しい
その笑顔に答えるように小さな手をギュッと握り直した