こっこ

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12/20/2024, 1:15:40 AM

寂しさ


私の息子には父親がいない。彼が小さな頃離婚が成立したからだ。
男の子にとっての父親という存在は特別なのだと思う。幼少期祖父母も近くに住んでいて、可愛がってもらったけれど、父親代わりにはやはりならなかった。
息子は穏やかで優しい性格で、私に「何で俺には父親がいないんだよ!」と反抗期の男の子なら言いそうな時も、一切言わず私を責めた事は一度もなかった。
ただ、保育園に通う頃クリスマスが近づくと、「サンタのプレゼントは、パパが良い!」と本気で言ってきたときは、私も困った。
要望に応えられなくてごめんね、と心で詫びて、口では明るく「サンタさんはね〜ナマモノは禁止なんだってー!お肉とか動物もだめなんだよ〜。」と軽いブラックジョークで納得してもらった。
でも、彼が幼い頃お正月などいとこも集まったりする日に、義理の兄が自分の二人の男の子を高い高いしたあと肩車したりする時、とても羨ましそうに見ていた息子の目を、私は鮮明に覚えている。
それと同時に、気の利かない義理の兄にもちょっと残念な気持ちになった。  
「翔太くんも高い高いだぞー。」と一緒に仲間に入れてくれたら息子はどんなに嬉しかっただろう。
彼が歳を重ねて、幾つになろうと心に寂しさを抱えていることは母親ならわかる。
彼も紆余曲折あった。山あり谷ありの人生だ。今は褒めすぎかも知れないけれど、人の痛みが分かる、ある意味私より大人な面が沢山ある人格者になったのでは…。
寂しさも抱えながら、彼はこれからも強く強く生きていくだろう。

12/17/2024, 8:02:59 AM

風邪


風邪という言葉を聞くと決まって頭に浮かぶ曲がある。
ゆずの「いつか」だ。
少しずつ街の風も冷たくなってきたから
風邪をひきやすいあなたの事が気になります♪
若い頃少しひねくれ者だったのか、変わり者だったのか…純粋な曲を敬遠する自分がいた。
そんな私にも甥っ子が出来て、叔母さんになったある日。
突然予期せぬ長期入院を強いられた時期があった。
その時聴いていたMP3が壊れてしまって、眠る時音楽が無いと眠れない私に、自分のMP3を入院日に優しく手渡してくれたのが、今は亡き甥っ子のけんちゃんだった。
彼の選曲は彼の心の綺麗さを見事に再現していて、どの曲も詞がとても胸に響いた。
入院生活に不安しかなかった私を勇気づけてくれた。
家族の誰も手を差し伸べてくれなかった辛い入院生活に、けんちゃんの優しさが身に沁みた。
けんちゃんセレクトの曲を耳にするたびに、胸のあたりがギュッと苦しくなる。
そして同時に、あの優しい眼差しを思い出す。
どんな音楽も耳を傾ける大切さを教えてくれたけんちゃんを。
風邪…ゆず…いつか…入院…音楽…けんちゃん。
このループは一生続くだろうし、やさしい思い出として私の心に刻まれている。

12/15/2024, 2:55:47 AM

イルミネーション


若き頃、元旦那様とよくドライブした。
冬の空気の澄んだ夜など私は決まって行きたい場所があった。
今ではその青い青い幻想的な光景は見れないのだけれど…。
福生市にある横田基地の飛行機が飛んでくる際に安全対策なのだろう。
青色発光ダイオードが地面にポワッポワッと浮かぶ様は、サファイアでも散りばめた位綺麗で、私はいつも、彼の助手席から目を輝かせて見とれていた。
色の中でも、特に寒色系のブルーが大好きな私の癒やしの空間だった。
シンプルでそれでいてずっと見ていられるその景色は、今でも私の記憶の何番目かの箱にちゃんと収まったままだ。
車の運転が上手で、脇道にも詳しい彼は横田基地ギリギリにいつも愛車を走らせてくれた。
時々横田基地内を走る米兵さんの車とすれ違ったり…。その頃彼は飛行機のエンジンを作ったことで有名なSUBARUの車に乗っていた。まだ入社したての彼は高級車ではなくて、かわいらしい白の軽に乗っていた。車名はなんだったかな。形は覚えているが思い出せない。車の構造に詳しい彼は、どうやって車が走るのか私にも分かりやすく、ざっくりだけれどとても丁寧に教えてくれた。
とても優しい人だった。カロッツェリアのカーステレオからは私のリクエストのRCサクセションの清志郎の歌声。洋楽のロック。彼は80年代アイドルのオンパレード。曲の趣味が違い過ぎて面白かった。お陰でアイドルソングを今でも口ずさめる。
クリスマスシーズンや夜の街で青色のイルミネーションを見かけると、私はあの美しい光景とともに少しノスタルジックに浸る瞬間がある。
アイドルの歌声とお気に入りの曲たちと大切な青の思い出。

11/20/2024, 12:01:15 AM

キャンドル


キャンドルと聞いてイメージするのは、礼拝堂や素敵なレストラン、お洒落なお部屋に灯るアロマキャンドル…。私の思い出に残るキャンドルの話はこうだ。
残業続きで、家で子供達とゆっくり食事をとる時間もなかったある日の夜、食卓を囲んで「今日はママの唐揚げ、久々だ〜。」と喜ぶ子供達の声を聞いた瞬間、真っ暗闇の世界に…。停電か?とすぐ思った私の脳裏をかすめたのは…あ、もしかして電気代払うの忘れてたかも知れない…。
滞納なんて、私としたことが…。あーやんなっちゃう。
そんな私の心の声もどこえやら、イレギュラーな事が楽しくて仕方ない二人の子供は「きゃー。まっくら!まっくら!お化け屋敷みたいー。」
と笑っちゃう程ダメージゼロだ。
急いでお仏壇のロウソクに火をつけて、ユラユラと揺らめく炎を見ながら、3人で「たまには、こういうのもイイね。」
と肩寄せ合って食べたあの日を懐かしく思う。
ロマンチックさはかけらもないけれど、子どもの無邪気さに救われた私の中ではトップスリーに入るエピソード。
翌日朝イチでコンビニに走ったのを覚えている。
キャンドル…。明るく照らしてくれるだけでなく、あたたかい温もりまで持ち合わせている。
お仏壇のロウソクもしかりである。


11/1/2024, 11:38:50 PM

永遠に


永遠に…。素敵な響きだ。誰かに言ってみたいし、言われてみたい。手紙やメッセージカードに添えられていたら、私にとっては凄い破壊力だ。
その時気になる相性が良すぎるお相手なら、「はい、よろこんで。」と速攻恋に落ちるやつだ。
年代で括るのはどうかと内心思うが、昭和生まれだから尚更かもしれない。
令和生まれの方々には、刺さらない言葉であるのだろうか。
手紙とか、逆に重いのかもしれない。
年代とか関係無いです!という令和生まれの方もいるはずだ。その点は失礼します…自論をお許し願いたい。
それらをふまえて。
永遠に…。
素敵な言葉だと思う一方で…実は、永遠に…ほど罪な言葉もないかもしれないのである。
永遠の愛を誓った恋人とは、すぐお別れしたり…。
結婚式で「永遠にともに」をピアノで弾き語って別れた有名人しかり。
何を隠そう、人前式、三々九度で夫婦の契りを交わした私も色々あって離婚している。
あ、コブクロは何一つ悪くなくて…あのヒット曲が結婚式で避けられる事態は寧ろ被害者だ。
老婆心ながら…名曲も多いのに、全くお気の毒にと思わずにいられない。
私は、結局のところ「永遠に」という言葉を半信半疑で見ていながら、強く憧れているのだろう。
とわに…えいえんに。

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