こっこ

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9/14/2023, 11:18:12 AM


夜明け前


今夜は寝付けない。アルコールも口にしたけれど…。
radikoで野村訓市さんの低音ボイスも眠りを誘わない。
こんな日は誰でもいいから、話を聞いてほしくなる。
あんなに仲が良かった女友達とも、最近距離をおいた。
自分の時間が増えた気がする。
でも…こんな夜は誰かと繋がっていたい。
「大好きな食器で食べる幸せ」そんな見出しの彼女のブログを覗いて、なんて趣味の悪い食器なんだろう…と思ってしまう自分が嫌いだ。
そう言えば、脳科学の先生がそれをシャーデンフロイデと呼んでいた。
どうしようもない孤独感の中で、それでも生きていけると強く思った
そんな夜明け前。

9/13/2023, 6:21:54 AM


本気の恋


同級生のえみが、映画館で彼とキスをしたと告白した。
私も恋がしたいと、そしてキスはどんなものなのだろう…と想像した。
「全身に電気が走った感じ!」とえみは言った。
17歳の夏だった。私は一人行くあてもない旅に出たくなった。
町田で乗り換えて片瀬江ノ島まで電車に揺られた。
太陽にキラキラと輝く波を見ていた。
何時間経ったのだろう。人気も疎らになった海岸で、その人は優しく声をかけてきた。
「海を見てたの?東京の人かな。」
私は頷いた。「そう。僕は国立から来たんだよ。」
少し話してみると、国立の大学に通う私より4つ年上のお兄さんだった。
「帰り道だから、送ってあげるよ。」
危険な香りは、一切しないそのお兄さんに、自宅まで送ってもらった。
車の中で、お互いのことを沢山話した。都立でも校則の厳しい進学校を選んで私が後悔していることや、名前は聡さんで、バイクレーサーの平忠彦さんに憧れていること、勉強が忙しくて彼女とお別れしたこと。私が家族と上手くいっていないこと。映画や音楽の話し。
初めて会った人なのに、心を許して何でも話せた。
そして聡さんは、とても大人だった。
私は少し背伸びをして、聡さんと恋に落ちた。
ユーミンのこの歌が好きと言えば、歌に出てくる山手のドルフィンにも連れていってくれた。
就職活動が忙しくなった頃、私も受験ですれ違う日々が続いた。
大手の銀行に就職が決まった聡さんを、心からお祝い出来ない自分がいた。
そう、私は子供だった。何であんなに憧れていたレーサーの道に進まないの?と本気で思った。
何度も家の電話に連絡があったけれど、私は居留守を使った。
優しい聡さんは、今はどうしているだろう。
本気の恋を思い出しては、あの時私が大人だったらどうなっていたのだろう…と。
そんな話を娘にしたら、「お母さん、何でその人と結婚しなかったの?」と真剣に問いかける娘に「そしたら、真奈美と修一は生まれてなかったじゃない。」と言って、二人で笑った。

9/11/2023, 11:09:25 PM


カレンダー

東京に就職で、出て行った一人娘の春奈。
久しぶりに電話がきたと思ったら、「お母さん、何も聞かないでね…私今お腹に赤ちゃんがいて妊娠5ヶ月に入ったところ。びっくりさせてごめんね。
一人で産むって決めたの。お母さんには迷惑かけないから。」
娘の声は、どこか不安でそれでいて嬉しそうだった。
あの子が悩んで決めたこと。
私もそっと見守ろうとおもった。
カレンダーを見たら5月3日だった。10月のカレンダーに、春奈、予定日と書いた。
明日から、近所の神社にお参りにいこう。
新しい命と娘のために。

9/10/2023, 12:31:30 PM


喪失感

「君はぼくが今目の前からいなくなっても、悲しくないの?」
そんなことを口にされても、私は涙すら浮かべられない。
いつも私の感情は、少しズレているから…。
恋人に別れ話をもちかけられても、泣いてすがることすら出来ない。
涙は決まって、一人きりの暗闇の中でしか流せない。
「ひとみ、お父さんはお前のことをずっと忘れないから。元気でお母さんとおばあちゃんと仲良くやるんだよ。」
お父さんの肩車が大好きだった。
でも…あの夜も私は泣き顔を父に見せることは出来なかった。
悲しいのに。淋しいのに。
電気の消えた真っ暗な部屋の片隅で膝を抱えて、一人泣いた。
私の前から、大切な人が消えてなくなるとき。
喪失感だけが残った。
感情が溢れてくれたらいいのに…。
とてつもない喪失感と引き換えに、自分を呪った10代と20代。
今なら、あの時の私に言える。それでも大丈夫だよ、何も悪くないよ、と。
30代になった私は、自分で自分を慰める術を手に入れた。
明けない夜がないように。
独りの暗闇から、静かに抜け出した35歳の春。

9/8/2023, 8:39:38 PM

胸の鼓動

走るのは得意だった。
今年の夏もリレーの選手に選ばれた。放課後の校庭でバトンの渡し方の練習を何度もした。
いよいよ運動会当日。朝から緊張する私に、「おにぎり、小さめに握ってあるからね。」と微笑む母。
何か口にしなければと、カウンターテーブルの上のバナナをチャージする。
午前の部の最後の種目がリレーだ。隣のかずよちゃんに、ハチマキを結び直して貰う。
「リレーの選手の人は、次の種目なので集まってください!」放送が入る。
ドキドキする。胸の鼓動が高鳴る。ピストルの合図でランナーが走り出す、白いハチマキの選手が前に躍り出る。その差はわずかだ。次々とバトンが渡り、最終ランナー私の番だ。バトンを受け取る右手を大きく後ろに差し出しながら走ってくる走者のスピードに合わせてリードをとる。胸の鼓動は大きく波打っている。右手にバトンを受け取ると素早く左手に持ち換えて、まっすぐまえを見据えて全速力で走り抜ける。カープを曲がる時に、前を走る赤い紅い襷を捉えた。「いける!」右側から左に走り込む。
白い襷をたなびかせて、ゴールのてーぷを切った。
やったー!白組優勝!
息を弾ませてグラウンドを周って自分席についた。
かずよちゃんが、「さやちゃん、早かったースゴイ!」と称えてくれる。
「ありがとう!」と返事をしたわたしの胸の鼓動は、まだ少し高鳴っていた。

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