にーふ

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6/12/2024, 3:01:49 PM

 好きと嫌いが、1人の中に同居しているようだった。

 俺が初めてそいつに出会った時、感じたのは「胡散臭い」だった。なにせ目は細くて、口元は笑っていて、何を考えているのかサッパリ分からないからだ。

 そんなやつに、生徒会に誘われた。既に次期会長としての地位を盤石にしてからの声かけは、やつの勧誘をますます信用ならないものにしていた。

 まあ、それにホイホイついていった俺も俺だ。断るのも面倒で、断った後のことだって考えれば面倒極まっていた。蛇のようにしつこく絡んでくることは間違い無いだろうから。

 だから俺は、そんな消極的な理由で生徒会に入った。


 仕事は楽ではなかった。普段の学生生活では全く意識していなかったような、細かな行事や、部費の額。あらゆることに許可が必要で、あらゆることに書類が発生した。

 俺は、器用な方ではない。パンク寸前になりながらも、必死で回すしかなかった。……そんな中でも、のらりくらりと仕事をこなすアイツが視界の端にチラチラと映っていたのを覚えている。

 キミはいつも頑張るねぇ。そんな声をかけられた時は、流石にプッツンとしかけた。お前から誘っておいて、その言い草はなんなのだ。

 だが奴は、その後に続けて笑った。やっぱり誘ってよかった。そんなことを言われただけで、不思議なほど怒りがおさまってゆくのを感じる。あまりにもチョロい自分に、逆に怒りたくなってくる。

 なんか奢れ。そんな軽口を叩いて、書類をはんぶん押し付ける。奴は笑顔のまま、その半分をすぐに片付けた。早すぎて腹が立った。


 他の日には、他のやつがやらかしたヘマのせいで俺が頭を下げに行くことになった。これも社会勉強だとのたまう教師には、内心で中指を立てた。


 厄介なやらかしだった。とある部活動の小規模な大会で、協賛した店の名前がパンフレットから抜けていたというのだ。わざわざ足を運んでから、頭を下げることになった。

 まあ、若いんだからねぇ。苦笑してそう言う店主は、確実に良い印象を持っていないようだった。来年からは、協賛を望めないだろうな……俺は半ば諦めていた。

 それでも、一通りの謝罪をした。許してもらえないまでも、店主の辟易とした態度は引き出せた。そんな時、後ろから声がかかった。

 アイツだった。聞けばどうやら、次の学園祭で使うものを、この店から購入する許可が取れたということだった。店主の態度はあからさまに好転して、頭を下げていた俺の肩を支え、持ち上げてきた。

 来年からもよろしくお願いします。奴の言葉に、店主はニッコリと頷いた。俺はというと、もう肩をすくめるしかなかった。まあ、コイツだしな、と。

 帰り道で、奴はよく分からない表情だった。大変だったねと言われたが、正直言って俺は頭を下げただけなので大変でもなんでもなかった。

 お前には負けるよ。そう言ったら、奴はもっとよく分からない顔になった。それきり、その帰り道での会話は無くなった。なんとなく、気まずい沈黙だった。


 ある日、奴が教師に呼び出されたのを見た。次期会長として、そろそろ選挙の準備を始めろ。そんな話だったらしい。


 会長ねぇ。あきらかに気乗りしていない声色で、戻ってきたソイツは頬杖をついていた。

 俺はというと、その時はまたぞろ忙しくやっていた。ハンコを押して、紙をさばいて、ハンコを押す。単純作業の苦痛の中、わざわざ愚痴を聞く気にはならなかった。

 だが、頬杖をついたまま、ソイツはあまりにもしつこく俺を見つめてきた。とうとう根負けして、俺の方から口を開いた。

 次期会長様が、出だしからつまずくのはまずいんじゃないのか。準備は早い方がいい。そんな、当たり障りのない、それでいて会話が広がらないよう細心の注意を払った言葉。

 キミの方が向いてると思う。そんな戯言が、ハンコを押す音の合間に聞こえてくる。

 生徒たちの人を見る目が無ければ、投票してもらえるかもな。冗談だと思って、そんな軽口を叩いた。すると、紙をめくろうとした腕が掴まれ、細い目が視界いっぱいに広がった。

 ギョッとした。というのも、奴の顔は冗談を言っている時のそれではなく、本気の発言を受け流されて怒っている時のものだったからだ。

 キミのそういうところは、嫌いだ。そんな風に言われて、俺は言葉に詰まる。細い目が少し開いて、鋭い光が漏れている。

 ややあって、俺はどうにか言葉を絞り出し、なだめようとした。何をムキになっているんだ。会長になりたくないのなら……。

 それは、遮られた。奴の怒りは、冷めるどころか、どうやら煽られてしまっている様子だった。

 自分を卑下して、馬鹿に見える。キミはそうじゃないのに、なぜキミは自分を正しく評価しない?

 その時ようやく分かった。コイツは、俺に怒っている。俺の内面に対して。

 ふざけるな。言いたいことなら、こちらにもある。いつもいつも薄ら笑いで、人の心を見透かすようなことを言いやがって。

 キミはいつも能面みたいじゃないか。こっちの気持ちだって、慮ったことすらないんだろう。無神経なことばかり言うよかいい。

 無神経なほど仕事ができる奴に言われたくない。お前が俺を隣に据えたせいで、俺は嫌でも自分の無能さを理解させられる日々だ。感謝してもしきれないね。

 それはご丁寧に、どういたしまして。二度と自分のことを無能だなんて言うな、キミのその態度には苛々させられる! 



 周りの連中が静まり返って、ようやく俺たちは止まった。肩で息をしていたし、顔はそれなりに赤いし、一息つけば第二ラウンドすら始めたかった。

 だが、俺たちは互いに椅子に座り込んだ。フルラウンド終えたボクサーのように、体力を使い果たしていた。感情をぶつけるのは、まったく疲れる、非生産的な行為なのだ。


 お互い、嫌いなところが多いな。口からこぼれたその言葉に、奴は吹き出して力なく笑った。それを分かって生徒会に誘ったのに、まだまだ甘かったなぁ。奴も完全にくたびれていた。

 ゆっくり動き始める周囲につられて、俺もまた、書類に手をかける。喧嘩が終わっても仕事は終わらないのだ。

 立候補してやる。その言葉に、奴が反応したのが分かった。だが俺は、顔を上げずに、言葉を続ける。

 お望み通り、生徒会長に立候補してやる。だけど、お前も出ろ。それが条件だ。

 ふーん。キミの卑屈なスピーチじゃ、誰もついて来ないだろうに。負け戦になるんじゃないか?

 せいぜい良いハンカチを用意しとけ。

 言ってから、あんまりベタな台詞に自分で笑ってしまった。

 



目標文字数 2,700字
実際の文字数 2751字

主題「好き嫌い」
副題「青春」

もうちょいか

6/11/2024, 1:48:01 PM

 光の渦の中を、いく筋もの静脈が流れていた。

 この街を上空から見下ろせば、きっとそんな光景が見えるのだろう。

 立ち並ぶ高層ビルは、街の中心部を形作る。競うような高さくらべを、ひときわ天に近い企業ビルがせせら笑う。そんな彼らの足元では、争うレベルにすらない社屋が、卑屈に軒を連ねている。

 それを円状に取り囲む住宅街もまた、競うべき何かを常に探し求めるかのよう。丘陵地帯の邸宅は、登るほどに大きく絢爛になってゆく。特異な何かで飾りつける必要のないお屋敷は、それ自体が既に特異だ。一方で、平地に建てられた家屋は似通った造りが多く、庭の手入れや置いてある車でなんとか差異を見出そうとしている。

 低地へ、郊外へ行くほどに、灯りが失われてゆく。道路はひび割れ、細い通りが多くなる。それはまるで、街というひとかたまりの光にヒビを入れているようだ。

 しかし、その闇は、ある地点で突如途切れる。コンビナートに差し掛かるのだ。

 
 海を囲うそのコンビナートは常にこうこうと輝き、船舶の入れ替わりはいっそ慌ただしい。昼夜を問わない輸出入は、途切れぬトラックの列がどうにか捌いている。


 車列は散開し、光の渦に飲まれてゆく。一台を気まぐれに追えば、それはチャイナタウンへと向かってゆくだろう。

 赤を中心としたその街並みは、明るさで言えば中心街よりも抜きん出ている。活気と熱気ならば、夜間ですら恐ろしいほどだ。行き交う人々は皆して上機嫌であり、地元の者ですら、訪れるたびに新たな発見を喜ぶ。

 だがその喧騒も、ひとつ通りを入れば静まり返る。乱雑に置かれたゴミ箱が口を開け、室外機の上では猫がエサを求めて悲しげに鳴く。

 店のあわいにできたデッドエンドでは、倉庫にすら使えないようなトタン造りの住居が居並ぶ。これで雨風を凌げるのは、主にブルーシートのおかげだろう。


 そんな観察ができる程度には、明るいものだ。それはこの地区の頭上では、ネオン光がギラつく明かりを投げかけているためである。

 そのネオンは、隣り合う電気街と地続きとなっている。一帯が観光客向けに開発された過去があり、その名残なのだ。


 さて。電気街で目を引くのは、やはり猥雑な看板の群れだ。雑居ビルの中に押し込まれたあらゆる種類の商売が、互いを食らうように存在感をアピールする。

 ポスターや壁面では、男女問わず、アイコニックなキャラクターがこちらを向いていることだろう。立ち止まってそれを眺める人間は、たちまちいずれかの店に手を引かれることになる。

 それらの誘惑を振り切って歩けば、大きな駅に辿り着く。既に笑えるほどに大きな構えの駅は、道路を挟んで向かいの商店街と並べば、いよいよ居丈高だ。





 そう、商店街。それは意外なほどにしょぼくれていた。くすんだ茶色のシャッターは、夜中になる前に降ろされてしまう。

 戦前から残るその通りは、駅がもっと小さく、明かりがもっと少なく、辺りがまだ田んぼと畑しかなかった頃から、人々の中心だった。


 古臭いカフェの看板はいつからか「準備中」から裏返されなくなり、生鮮品を扱う店にトラックが止まらなくなってしばらく経つ。ここが最も活気付くのは、学生たちが登下校で通り過ぎるタイミングだ。


 それでも、ここは死んでいなかった。人が立ち退かされ、道路が伸びて、大型ショッピングモールができた。ビルが建ち、新幹線が通り過ぎて、それでも、なお。



 しょぼくれた商店街。光の渦に走る、くらい静脈のひとつ。


 脈打つ都市には、それが必要だったのだ。

 
 



目標文字数2,600字
実際の文字数1,417字

主題「街」
副題「経済」

おはなしにならねーー!!