光の渦の中を、いく筋もの静脈が流れていた。
この街を上空から見下ろせば、きっとそんな光景が見えるのだろう。
立ち並ぶ高層ビルは、街の中心部を形作る。競うような高さくらべを、ひときわ天に近い企業ビルがせせら笑う。そんな彼らの足元では、争うレベルにすらない社屋が、卑屈に軒を連ねている。
それを円状に取り囲む住宅街もまた、競うべき何かを常に探し求めるかのよう。丘陵地帯の邸宅は、登るほどに大きく絢爛になってゆく。特異な何かで飾りつける必要のないお屋敷は、それ自体が既に特異だ。一方で、平地に建てられた家屋は似通った造りが多く、庭の手入れや置いてある車でなんとか差異を見出そうとしている。
低地へ、郊外へ行くほどに、灯りが失われてゆく。道路はひび割れ、細い通りが多くなる。それはまるで、街というひとかたまりの光にヒビを入れているようだ。
しかし、その闇は、ある地点で突如途切れる。コンビナートに差し掛かるのだ。
海を囲うそのコンビナートは常にこうこうと輝き、船舶の入れ替わりはいっそ慌ただしい。昼夜を問わない輸出入は、途切れぬトラックの列がどうにか捌いている。
車列は散開し、光の渦に飲まれてゆく。一台を気まぐれに追えば、それはチャイナタウンへと向かってゆくだろう。
赤を中心としたその街並みは、明るさで言えば中心街よりも抜きん出ている。活気と熱気ならば、夜間ですら恐ろしいほどだ。行き交う人々は皆して上機嫌であり、地元の者ですら、訪れるたびに新たな発見を喜ぶ。
だがその喧騒も、ひとつ通りを入れば静まり返る。乱雑に置かれたゴミ箱が口を開け、室外機の上では猫がエサを求めて悲しげに鳴く。
店のあわいにできたデッドエンドでは、倉庫にすら使えないようなトタン造りの住居が居並ぶ。これで雨風を凌げるのは、主にブルーシートのおかげだろう。
そんな観察ができる程度には、明るいものだ。それはこの地区の頭上では、ネオン光がギラつく明かりを投げかけているためである。
そのネオンは、隣り合う電気街と地続きとなっている。一帯が観光客向けに開発された過去があり、その名残なのだ。
さて。電気街で目を引くのは、やはり猥雑な看板の群れだ。雑居ビルの中に押し込まれたあらゆる種類の商売が、互いを食らうように存在感をアピールする。
ポスターや壁面では、男女問わず、アイコニックなキャラクターがこちらを向いていることだろう。立ち止まってそれを眺める人間は、たちまちいずれかの店に手を引かれることになる。
それらの誘惑を振り切って歩けば、大きな駅に辿り着く。既に笑えるほどに大きな構えの駅は、道路を挟んで向かいの商店街と並べば、いよいよ居丈高だ。
そう、商店街。それは意外なほどにしょぼくれていた。くすんだ茶色のシャッターは、夜中になる前に降ろされてしまう。
戦前から残るその通りは、駅がもっと小さく、明かりがもっと少なく、辺りがまだ田んぼと畑しかなかった頃から、人々の中心だった。
古臭いカフェの看板はいつからか「準備中」から裏返されなくなり、生鮮品を扱う店にトラックが止まらなくなってしばらく経つ。ここが最も活気付くのは、学生たちが登下校で通り過ぎるタイミングだ。
それでも、ここは死んでいなかった。人が立ち退かされ、道路が伸びて、大型ショッピングモールができた。ビルが建ち、新幹線が通り過ぎて、それでも、なお。
しょぼくれた商店街。光の渦に走る、くらい静脈のひとつ。
脈打つ都市には、それが必要だったのだ。
目標文字数2,600字
実際の文字数1,417字
主題「街」
副題「経済」
おはなしにならねーー!!
6/11/2024, 1:48:01 PM