※BL、不穏です。苦手な方は飛ばしてください。
淡い、ブルーグレーの瞳が輝いている。
黒く荒ぶる海が、崖の下を叩きつけて乱反射しているせいだ。
「ハリー、危ないよ」
乱反射を受けていっそうキラキラと輝く亜麻色が振り返る。
そしてふふ、と可笑しそうにぼくに笑いかけた。
「危ないなんて今更じゃないか、コウタロウ」
「·····それもそうだね」
こんな時だと言うのに、ぼくらはくつくつと笑い合う。この澄み渡った空のように、無邪気に笑い合う。
己が死に場所を目の前にしながら。
浜辺で聞いたことのあるそれよりも重い波の音。
まだ冷たい春先の潮風が、後ろにそびえる木々と座り込んだぼくらを寄り添わせる。
着の身着のまま出てきた2人が纏う外套、その中に隠された襟の詰まった制服が所在なさげに軋んだ。
「皆は今頃、校歌斉唱でもしてるのかな」
思い出したようにハリーが呟いた。
「“熱い人”が多い我が校だ、まだ卒業証書授与の最中じゃないかな?」
「確かに!2組の武田先生は絶対に泣きながら点呼するのだろうねぇ」
ついぞ見ることは叶わなかった鬼の目に浮かぶ涙と、それに呼応するようにびしゃびしゃと広がっていく涙の波紋はさぞ汗臭かったことだろう。
またぼくらはくつくつと声を潜めて笑い合う。
ここには2人だけなのに、学舎が育てた2人の秘密は互いの根の根まで染み付いてしまっていた。
「·····もう、そんな事どうでもいいのだけれど」
「?」
「ううん、何でもないよ」
それからまた少し話をして、ひとしきり笑い合ったあと、ぼくらはどちらからともなく口付けをした。
いっそう冷たくなった潮風が体温を奪う。
夕暮れが近づいていた。
誰にもその心を悟らせまいとする静かな黒。
僕とは違う国の血がさらさらと線を流す黒。
しかし僕の前だけでは如何様にも姿形を変える、愛おしい黒。
これからもずっと、僕だけの。
「潮時かな」
西日が段々と陰らせた、君の姿形が唇を動かす。
「·····海だけに?」
「最後まで相変わらずだね、ハリーは·····」
困った様に笑う君の顔に確かな愛情を見て、胸の辺りがとろんと温かくなるのを感じる。
こつ、とつま先に当たった小石は弧を描いて視界から消える。眼下に広がる潮騒の中へと飲み込まれたのだろう。
少し踏み出せばあの小石のように僕らを飲み込むであろう景色が、怖くないと言ったら嘘になる。
それでも───────
ぎゅうと握り締めたこの温かさが、僕だけの黒が、僕だけの愛が、コウタロウが。
「誰かのものになんて、させるか」
はっと横を見やると、誰もを射抜くほどにいじらしく歪められた視線が僕を捉えていた。
その刹那、走馬灯と言うにはまだ早いはずの記憶の濁流に飲まれる。
【お題変更により時間切れ】
皆さんの投稿を流し見していたら、やはり綺麗なものに劣等感は付き物なのだなと思いました。
ビー玉、猫の瞳、子供の瞳、醜い自分を映す瞳。
似たりよったりの中にこそそれぞれの個性が見えるようで、なんだか面白いですね。
この家の中は安全だ。
偶に冷たいシャワーを浴びたり、夜の闇の中で過ごさなくてはいけないけれど。
それでも、外の風は雨粒はやってこない。
こちらを奇異の目で見る視線も、自責の声と混じり合うひそひそとした声も、焼け爛れるような己への失望も。
この家の中には、無い。
「……今回のバイトも飛んだの?」
いつも通りの気だるげな声が出迎える。
声の主は玄関先を濡らしながら入ってきた僕を見やると、くたびれたタオルを持ってこちらへと来た。声と違わず気だるげな両の黒瞳は、奥の方に微かな心配を翳らせている。
「ん、腕のこと言われてさぁ」
雨で張り付いたとは言え、不自然な程にぼこぼことした形を浮かべる左袖をついと見る。
「あー?それでまたキレちった訳ね」
僕の頭をわしわしと拭きながら、はは、と彼は笑った。
ばしばしと激しい雨粒が窓を叩く音。それに交じって不定期にぴちょんと音が混じるのは、築30年は超えるこの格安アパートならではだ。
「うん、よし着替えといで」
「え?風呂先はいるよ」
「ガス止まったよ午前中に」
「まじかぁ·····」
無責任に互いの未来を食いつぶしながら今を生きようねという甘美な囁き。
【お題更新のため時間切れ】