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8/1/2025, 10:15:35 PM

テーマ【8月、君に会いたい】


アスファルトから照り返す熱気で、背中に汗が伝う。白い半袖シャツが、汗で肌に張りつく感覚は幾つ歳を重ねても不快なままだ。
雲ひとつない空を仰げば、燦々<さんさん>と輝く陽射しが目に染みる。ひと夏の命が懸命にミンミンと鳴いている。

わたしの実家があるのは小さな街だ。
子どもの頃に見慣れた木々や雑草の生い茂った狭い道は見る影もない。小さな用水路や田んぼもなくなり、あの頃ずっと抱いていた、土地の開発が進むことへの寂しさもいつしか消えてしまった。

立ち並ぶ真新しい民家に、美容院、スーパー。
家の前の道路は子どもの頃と様変わりしてしまった。

あの頃はよく、真向かいのマンションに住む双子の兄弟が自転車を漕いでどこかに向かう様をよく見かけた。正月には凧揚げをしている光景も目にしたっけ。

人見知りで内気だったわたしは、彼らに声をかける勇気など無かった。ただ、彼らは見つけた日は無性に嬉しかったのを覚えている。人生が希望に満ち溢れたものであるように感じられたのだ。
彼らはまるで、暗闇に寄り添うちいさなお星さまのように、手の届かない遠い存在のように思えたのだ。


そんな彼らと過ごした思い出を、夏の香りを運ぶ風が、セミの鳴き声が、カーテンを揺らす涼しげな風が思い出させてくれる。

何度も、あの日を思い出した。喜びも後悔も。
毎日、毎月、毎年。思い出す回数は減ってしまったものの、わたしは死ぬまでこの思い出を懐かしむのだろう。

8/15/2024, 11:47:51 AM

テーマ【夜の海】

寄せては帰っていく波音。毎年この季節になると懐かしさを覚えるのは潮の香りのせいだろう。歩くたびサンダルに入ってくるサラサラとした砂は、砂時計を思い起こさせる。

薄暗い水面が月光を浴びてきらきらと輝いていた。
空に浮かぶ、億光年前の光の残滓ーー星が夜空一面を彩っている。
僕は星に詳しくないから、夏の大三角の名前がぼんやりと浮かんで消えた。
(たしか、ベガ、デネブ、アルタイルだっけ…?)


僕は服が汚れるのも構わず、波が来ない砂浜に座り込んだ。
夜になるとようやく少し涼しい風が吹くようになったとはいえ、まだ日中は蒸し暑さが残る。

腰掛けて、ほっと一息つけた気がした。
ナイロンの汗を良く吸う白い半袖Tシャツに、紺色のジーパンに黒いサンダルの出て立ちで、持ち物は財布と車の鍵にスマートフォンだけ。

なんとなく、遠くに行きたかった。別に仕事に行き詰っているとか、家族仲が悪いだとかそういうのでは無い。ただ、なんとなく逃避したかったのだと思う。

気付かないうちに、心は疲れていたんだろう。
「すぅー……はぁ……」

胸いっぱいに息を吸って吐き出した。
なんとなく、気持ちが楽になった気がした。

こうして、ぼんやりと海や夜空を見上げることなんて、大人になってから無くなっていたことに気がついた。社会人になったら学生の頃より窮屈になった気もするし、この世界は元々息苦しかった気もする。

ただ、空を見上げる。星を探す、星座をみつける。海に行く。波をみつめる。
ゆっくりと深呼吸すること。

それを忘れていたのだろう。それだけのことだ。

それだけのことが、心を落ち着かせてくれたのだから、たまにはこうして逃避するのも間違いではなかったのだと、今更ながら知ることができてよかった。

「アイツもそうやって、逃避できていたらーーー」

(あんな悲劇は、起きなかったのだろうか。)


考えても仕方がない事だとわかっている。
それでも、考えることを辞めることはできなかった。


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夏の夜に。
逃避した男とできなかった男。