花束
ひしゃげた花束が道端に転がっている。
踏み潰されたそれをなんとはなしに拾い上げる。
黄色を中心に構成された花束だ。
贈られた人はきっと、黄色が好きか似合うかだったんだろう。
しかし拾い上げたとて、
その荒らされようをどうにもすることはできないのだ。
花屋でもなければ魔法使いでもない。
丹念に崩された花は花弁どころか茎の全域に至るまで平べったい。
それでも、一縷の望みをかけて踏まれない高台に花を担ぎ上げる。
担ぎ上げた所で、花にとっては関係ないだろう。
なぜなら、花々は茎を切られたその時点で死んでいるのだから。
殺されたその上で、自らの死体を弄ばれる。
この花束は、一体前世でどんな罪を犯したというのだろう。
子をなす中途で首を切られ、見世物扱い。
最終的にはゴミ扱いで踏み潰される。
なんて痛ましい。
その切られた首の塊に自我はないであろうことが、
唯一の救いだろうか。
黄色の花々は潰れながらも自己を失わずいる。
もしや、花は罪人の生まれ変わりなどではなかったのか。
これらは罪を犯したからではなく、
その高潔さゆえに花になったのか。
であれば尚更痛ましい。
斯様にも素晴らしい者共は、結局は搾取されるだけなのか。
いくら道を切り開こうが、言葉を与えようが、日差しとなろうが、
何も言われることなく踏み潰されて糧となるだけなのか。
この花は、なんなのだろう。
罪人か、善人か。
或いはその両方か。
頭を撫でたその優しい手で頬を打ち、
人を殺しに行ったその足で愛しい家族の元へ帰るのが人間である。
これは、あなたは善性であり悪性なのか。
高台へ掲げられたような花は応えることはない。
まさに、死人に口なしということか。
スマイル
口の端っこを持ち上げて、はい。すまーいる。
家の恥ぢっ子を持ち上げて、はい。ばーいばい。
ばいばい、ばいばいだよ。
醜い腐ったこの家に、優しい優しいお前はいてはいけないからね。
お前がここを出る為なら、俺はなんだってするからね。
だからほら、向こうへお行き、恥ぢっ子ちゃん。
一人は寒くて、嫌だろうけど。
でも、それよりずぅっといいんだからね。
ほら、端っこのおまじないをしよう。
口の端っこを持ち上げて、はい。すまーいる。
ね、またね。
かわいいかわいい、我が子よ。
どこにも書けないこと
生きるっていうのは、基本抑圧だと思う。
自分の意識を外に出したことはない。
意見も思いもそう。
自我なんてもってのほか。
自分にたくさんの人の目という
重しを乗せて無理やり押し黙らせる。
押し込められて苦しくはなるけれど、苦しいだけで終わる。
大切な部分を、要は弱点を隠すから決して傷つかないで済む。
抑圧を、可哀想だと言う人もいるけれど。
それを鵜呑みにして自分を出して、
そのせいで傷ついたときに責任を取ってはくれないから。
可哀想だで終わらせるから。
他でもない自分を守るために生きることを、決してバレないように。
そのための抑圧を心に抱えること。
どこにも出さない、書かない、見せないこと。
優しさ
ぼんやりと月を見上げる者がいる。
あなたのことである。
ぼんやり光る月を、同様にぼんやりと、
無感情で感情を考えるように見上げているあなたである。
ぼんやり光る月がある。
”大切なこと”である。
大切なことは、無論大切で、大変大切で、
核たるものになりえる大切なものなので、
後生大事に浮かんでいるのである。
しかし遠くにいるのだから。
そうであるのだから当然手は届かない。
しかし、霧だって泣いているし。
雨だって、大声をあげるのだし。
あの日の空は、とても弱くて薄く凍えたから。
多分、多分、きっとそういうことなのだろう。
守れはしない。
ぼんやりと、月を見上げるあなたなのである。
守れなくとも、見上げる、見上げているあなたなのである。
特別な夜
特になんともない深夜にこそ人は弱る。
何もないの状態異常が体を
締め上げて、溺れさせて、痺れさせて、視界を奪って、蝕んでいく。
そんな夜にあなたが偶然いた。
そんな夜にあなたは偶然私の隣に座った。
大丈夫だよ。
なにが、とかなんで、とか言われてもわからないけど、
でも大丈夫だよ、絶対大丈夫だよ。
そんな夜に、あなたは偶然そう、言った。
言って、くれた。
それだけで今日は特別な夜。
私の状態異常が解けたそんな夜。