美しい
親愛なるあなたは火葬
敬愛なる貴方は海の底
愛惜なる貴方は空の彼方
愛しきあなたは夜の奥
ひと雫のあなたはぽしゃんと落ちきって、もういない。
夜の霞に消え去って跡形もない。
水垢みたいにこびりついて私に残った貴方。
洗剤をつけて洗ってしまえばすぐに落ちてしまうでしょう。
けれど、落としてしまう理由がないの。
だって、だってとても素敵にこびりついているから。
愛が、愛があるから。
親愛なる、
敬愛なる、
愛惜なる、
愛しき貴方。
火で焼けて、
海に沈んで、
空に飛んで、
夜に消えてしまった。
愛している、愛しているわ。
信じてくれなくったって、愛しているわ。
だから、いつか。
きっといつか、あの水垢を落としに来てね。
きっといつか、また水垢をつけに来てね。
どうして
海の青に私はなれない。
空の青に私はなれない。
青春の青に私はなれない。
あの花の青に私はなれない。
あの風船の青に私はなれない。
道端に咲く青々しい草にも。
インクの壺みたいな夜にも。
こんなにも、心は青を求めている。
むしろ、求めているからか。
私は青にはなれない。
澄んだ透明にも、重い暗がりにも、深い静寂にもなれない。
青には、あの青には決してなれない。
どうしてなどとは言わない。
求めている。
なれないことを知っている。
それだけで、どうしての答えは出ている。
私は青にはなれない。
あの青には決してなれないのだ。
夢を見てたい
無地のベッドに横たわる。
別に無地ではないんだけど、
眠剤の過剰摂取で蕩けた目には無地に見える。
限界の眠気に甘んじて意識を落とせば
そこは夢の世界だった。
私の好きが繁茂した世界。
私の夢。
私の世界。
私の、
私の。
目が開いている。
朝日をとうに過ぎた夕暮れが見える。
やかましく鳥が鳴く。
起きた。起きてしまった。
怖い怖い怖い。
怖い。怖い。
怖いよ。
世界には、私の好きより私の怖いのほうがはるかに多いんだ。
私はちっぽけな存在。
ちっぽけな存在。
ちっぽけな、ちっぽけな。
雨戸を閉めて暗闇を閉じ込めて、もう一度布団をかぶる。
眠るの。眠らなくちゃ。眠いんだから。だって眠いんだから。ねぇ。
早く。早く。はやく。はやく。はやくはやくはやく。
ゆめを、みたいの。
色とりどり
その昔私は弱かった。他人に目にひれ伏してしまった。
カラフルなのは心が踊る。
単色より同系統であれどいろんな色があったほうが好き。
ツートンとかも好きだけど氾濫レベルで色が蔓延っているのがいい。
無地よりも柄付きがいい。
そのつけられた柄のストライプに、ドットに、チェックに、
また別のアラベスク模様なんかが入っているのはとてもいい。
アクセサリーはゴチャつかせたほうが勝ちだ。
つけた装飾同士が当たってカラカラチャリチャリと
音を奏でることなどはまさに天国のようだ。
いつだって、いつだって私は私の好きでいたい。
でも今は違う。
バイオハザード、だっけ。
そんなこんなであっという間に人類は地上から姿を消した。
だから私は真に自由になったんだ。
誰も私の格好を褒めてくれないけど、かわりに石も投げないの。
無地無終の世界でようやく私に色がついたの。
君と一緒に
いつだって地獄への道は丁寧に舗装されている。
樹海がバリアフリーになっていくように、
いつだって世界は死ぬまでを付き添ってくる。
生きていることなんてずっとずっと眼中にない。
一緒に死にに行く君は何を考えているんだろう。
舗装された道路の上で、義務を果たすガードレールに沿って歩く君。
私が腹を括った昨日に、せめて伝えたいと思えたほどの人。
君は私の死に飛び込みで参加してきた。
何も言わず、慰めるでも、責めるでもなく。
つつがなくもう二度とない帰路に別れを告げて、いざあの世へ。
しかし直前で君はとんでもない勢いで私の手を引き始めた。
無理やり車に押し込めて、もう会わないはずだった帰路を
爆速で駆け抜けていく。
押し込まれたのは後ろの席だったから君の顔は見えない。
でも時折肩を震わせ嗚咽を漏らすから泣いているのは分かった。
私はしばらく呆然として、事態の異常さに気づいた。
なんで急に私なんかを攫い始めたんだ。
このもう死んだような死にぞこないを。
ぐるぐる車と同じぐらいのスピードで回る頭は
速すぎてろくなことを考えない。
そのうち君の家に着いてしまった。
何度も何度も遠回りをしてついにようやく。
君はなかなか鍵を空けなかった。
ハンドルに突っ伏して、変わらず嗚咽と肩を揺らしていた。
声をかけることはできなかった。かわりに君が口を開いた。
生きて。生きて一緒に。生きて。
ぽつぽつと、けれど変わらずずっと生きてとつぶやく。
貴方は、死ぬ私を見に来たのではなかったのか。
面食らってまた呆然とする。
貴方はとうとう堰を切って大声で泣き始めた。
生きて、いきて。いきてよぉ。しんだりなんてしないで。
わぁわぁ幼く泣きながらその口から溢れる言葉は切ない。
どうしたらいいかわからなくて、
でもここまで来たら答えはひとつだった。
そんなわけで私は今君の朝ごはんを作っている。
君が寝ぼけ眼でパウンドケーキなどと言いやがったので
今日もデザートは泣いて喚いてもパウンドケーキだ。
起きてきたらそのほうけた口に一切れ突っ込んでやろう、あの日の死人に希望を食らわせたように。