それは、ぬけるように青い空に一筋の飛行機雲がかかっている、そんな放課後のことだった。
「────...え...」
誰かいる。とっさに足がとまった。
最後の希望の階段をのぼる足が、とまった。
先客がいたらしい。
どうしようか、今日はやめるべきか。
ぐるぐると思考回路をめぐらせるも、やがて込み上げてきたのは、出鼻を挫かれたようなくやしさだった。
今日、人生をやめられる予定だったのに。ここで引き返してもう1日生きなければいけなくなるなんて絶対いやだ。
そもそもなんでこの先客のためにおれがほんのすこしの希望をねじ曲げなければいけないのか。
そんなことが、こころの奥底から這い出てくるようなどす黒い希死念慮とともに溢れだして止まらなかった。
「...なあ、」
さっきまで希望であった重い扉が軋んだような音を立てる。
屋上の縁に立っていた少年はあわてたようにばっと振り返った。
上履きのラインから見るに、こいつは後輩だろうか。
振り返ってくれたことをいいことに静かに声を響かせる。
「そうそのままこっち見といて。で、カラダもこっち向けんの。...そう、できんじゃん」
「な、んですか...っ、邪魔しないでくださいっ」
「ばらばらにくだけ散って内臓とか飛びでんだよ。あたりどころが悪ければ見てられないほどぐちゃぐちゃ。そんな姿を学校の奴らに見せることになるんだぜ?」
「っ...、」
それくらい知っていたのだろう。
でもたぶん死ぬことでいっぱいで考える余裕がなかっただけ。
...それはたぶんおれも同じ。
「こっち、これる?」
右手を差し出して、俺はおまえを求めているよ、と伝えたつもりだ。
少年はふるふると頭を振った。その表情はもう泣きそうだった。死ねる場所であるにも関わらず、まだ飛べていないのは、きっとまだ生きるか死ぬか迷っているから。
だから賭けに出た。
「じゃあ見ててみ。ここから飛び降りたらどうなるか」
「え...?────...っ、」
もともと飛び降りるつもりだったのだ。だからこの賭けは、おれにとってなんの害もない。
なんの躊躇いもなくフェンスに手を掛け、飛び越え───ようとした。
「いってぇ...なんだよ」
ぐいっと物凄い力で引かれた服の袖に、ふたりとも屋上に転がる。ビンゴ、と息を吐いた。
「だ、めです...っ、だめです、そんな理由で...っ」
「そんな理由って?」
「大した理由もなくみてて、てっ」
「じゃあきみは大した理由があるんだ」
「っ、」
屋上に転がったまま見上げた視界に気づく。
ああ、今日ってこんな快晴だったんだな。
「話してくれればいくらでも聞くけど?」
「っ、」
その少年は声を抑えるようにして泣き出した。
くやしい、くるしい、つらい。
そんな感情が乗った涙にほっと息を吐く。
「なんだ、泣けんじゃん」
少年は嗚咽の間に、え?と声を漏らす。
「泣けんのは悔しいからだろ。ほんとに死を願ってる奴はくやしくて泣かないんだわ」
誰も見てねえから好きなだけ泣きな、と屋上にへたんと座った少年の後頭部を引き寄せて、胸を貸す。
きっとおれもこいつも求めているのは他でもない人の体温だと思ったから。
─大空─ #147
(昨日は、ここ最近生きる糧となっていた一昨日発売の漫画を読みました。絵柄も、ストーリーも、キャラクター性も、ぜんぶ
ドストライクすぎた…
すれ違い共依存BLとか…最高でしかない……)
ちなみに上の話となんの関係もない
ふと思い出した昔話。
ある国に、世界で最も美しい音を響かせるベルが教会にあったそう。
でもその鐘はクリスマス限定で、世界で最も美しい贈り物が教会に置かれたときのみになる……らしい。
らしいというのは、誰もそのベルの音を聞いたことがなかったから。
その年もベルの音を聴きたいとて多くの大富豪まで集まっていた。
ある大富豪はこの世でもっとも高いとされるものを。
ある大富豪は昔の王様の王冠を。
されどそのベルの音が響き渡ることはなかった。
王様の王冠でさえ音が鳴らないのだからと人々は落胆し、ベルの音の噂はウソなのだろうと教会に背を向けた、そのときだった。
なんともいえない美しいベルの音が鳴り響いたのは。
見ると、薄汚れた一人の男がこれまた薄汚れた銀貨をおいたところだった。
置いた本人は困惑しながらも思った。
“兄さんの想い、届いたよ”
その男は兄とここに来る途中で倒れていた女性を見かけたのだ。放っておけなかった彼らは迷わず声をかけた。
しかし弟である男は兄がどれほど今日を楽しみにしていたか知っていた。
まごつく彼に兄はお供えするはずだった銀貨を渡して言った。
“俺はこの女性を病院に連れていくから、お前は俺のぶんまで神に祈りを捧げてくれ”
そして兄が病院で息をついているとどこからともなく世界で最も美しいベルの音が、弟の心の音が響いてきたんだって。
─ベルの音─ #146
(知ってる話をどけだけ効果的に書けるか練習...
長くなってしまったしあまり効果的にはかけていないかも...
この話結構好きです)
誰か、誰でもいい。この寂しさを埋めてください。
それが叶わないなら、誰か、誰でもいいの。
死んでいいって、生きるのをやめていいって、そう言ってよ。
もう、許して、許してください
─寂しさ─ #145
「あの、せんぱい。クリスマスとかって...空いてたりしますか?」
突然のことだった。
しんしんと外で降り始めた雪に比例して降り積もっていた倦怠感はどこかへ飛んでいってしまった。
「...え」
コンビニでのバイト中、暇な時間帯を狙ってきたのであろうバイト仲間の柊くん。ちなみに高校の後輩でもある。
「空いてはいる...けど」
「“けど”?」
不安そうな表情で見上げられて、うっと心が詰まる。だめだ、なんで美形の表情とか仕草というのはこんなにも直接的に心臓を叩いてくるのだろう。
「えっとね店長がバイト誰も入ってくれないって半泣きだったから、入ろうかなぁって」
ちからない笑いを浮かべると、彼は水を得た魚のようにぴょこんっとちいさく飛び上がった。
「ってことは、クリスマスはバイトして過ごすってことですか?バイト以外は予定ないってことですよねっ?」
「まぁ、そうかな」
きらきらとした笑顔が痛い。
柊くんは過ごす相手いるんだろうな。なんてぼんやりと頭の隅で考える。
そしてそこの美形、人の哀愁にそんなきらきらした笑顔を添えるんじゃない。
「あのっ、俺もその日入りたいと思ってて。バイトと終わったらでいいんで、どこか行きませんか?」
「え?柊くん、クリスマスもバイト入るの?」
カノジョさんとかと過ごすんじゃないの、と付け加えたくなったがすんでのところで呑み込む。別れたてで寂しさをバイトで埋めようとしているのかもしれない。
「あ、えっと、バイト俺と一緒じゃいやですか...?」
さっきの自分の発言をそう捉えてしまったらしい。ひどく気まずそうな傷ついた様子の美形がそこにはいた。
確かにあそこだけ聞くと嫌みな感じしかしない。
慌てて顔の前で両手を振る。
「そういうことじゃなくって。柊くんがクリスマスまでバイトなんて意外だなって思っただけ。そうだね、終わったらどこか行こっか」
「…! はいっ」
今度はしっぽが見える。
俺の言動でこんなにも表情がくるくる変わる柊くんが、昔飼っていた犬にそっくりでこっそり笑顔が漏れたのは秘密だ。
─冬は一緒に─ #144
いつの日にか聞いた言葉が頭の奥でこだまする。
人はなくしてから気づくんだって。
あんなとりとめのない話でも、もう二度とできないんだな。
─とりとめもない話─ #143