お題
『「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった。その人のことを思い浮かべて、言葉を綴ってみて。』
改めて言葉にして感謝の気持ちを伝えられるほど私は大きくなってなかったし、お礼を言うような出来事もまだそんなになかったと思う。
思い出せるのは、小学生の頃にどうしても欲しいものがあった私が少ないお小遣いを貯めて買おうとしていて、あと少しで買えるところまで来たことを知った貴方が最後の不足分を食卓の上に置いて仕事に行ったことを、朝起きて知った時。
それと、母の不在時に外に食べに行ったり何か買ってきたりせずに自分が作ると言い出して、普段料理なんて全くしないのに何を言うのかと思ったら案の定すごいものが出来上がって、二人して黙ってそれを食べた時。
とうとう伝えることは出来なかったし、その時は感謝すらしていなかったかもしれないけれど、今なら言えるよ。ありがとうって。
これまではあまり無かったとしても、これから先には色んなありがとうが待っていたんだと思う。お出かけした時、進路に迷った時、二人でお酒を飲んだ時、好きな人を紹介した時、それから……
でも、それはもう叶わないから。
貴方が私のところに来るまでは。
「優しくしないで」
その嵐は突然訪れた。
クラスでも目立たなかったあいつが、まさかこんなことをするなんて。ギラリとした光、悲鳴、血飛沫。あまりにも鮮やかなその手口は、皆の言葉をなくし身動きすら取れなくさせるには十分すぎた。
教室に満ち満ちた阿鼻叫喚は、たちまち静寂が取って代わった。うめき声の主は、たちまちのうちにあいつが処理していったのだ。次は私、間違いない。もう誰も立っていないもの。
観念したのも束の間、あいつはその手を止めて、あまりの恐怖に腰を抜かしてしまった私を支え起こして椅子に座らせてくれた。そう言えば、落とした消しゴムを拾ってあげたことがあったっけ。何故か思い出された些細な記憶。
制服に着いた床の埃を払い落としてくれた。時々、私のほうをじっと観ていた気がする。目が合うとすぐに逸されていたけど。
振り乱した髪を綺麗に梳かしてくれた。以前誰かが、あいつは私のことが気になっていると言っていた。特別モテたこともない私が、そんな、まさかね。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を清潔な布でぬぐってくれた。その手付きは大切なものを触るかのようにひたすら丁寧で、心地よさすら感じるほどだった。
黒板に私の似顔絵と数々の薔薇の絵と今日の日付を描いてくれた。あまりの事に忘れていたけど、今日は私の誕生日だった。クラスでは言ってなかったと思うので、誰からも祝われたことはないのだけど。
薔薇色の絨毯と壁紙に包まれた教室で、あいつは素敵な笑顔で「お誕生日おめでとう」と言ってくれた。「今日はお祝いだよ、最後にプレゼントが待っているからね」いったい何の話をしているか分からないけど、そんなこと誰からも言われたことないや。でもプレゼントってなんだろう。
はたと気づいた私が最後に口にした言葉は。
お願い、優しくしないで
「カラフル」
生まれてからずっと山の中で暮らしていた私は
世界にこんなにも青く透き通った海が広がっていることや
見事なまでに真っ赤な鳥が飛んでいることや
黄色や橙色をした豊かな花々が生い茂っていることや
青い目をして金色の髪をなびかせる人々がいることを
生きているうちに知ることが出来て、本当に幸せだと思う
モノクロームな時代で生まれて死んでいった貴方には
とても信じられないでしょうけれども
世の中は、こんなにカラフルだったのよ