「優しくしないで」
その嵐は突然訪れた。
クラスでも目立たなかったあいつが、まさかこんなことをするなんて。ギラリとした光、悲鳴、血飛沫。あまりにも鮮やかなその手口は、皆の言葉をなくし身動きすら取れなくさせるには十分すぎた。
教室に満ち満ちた阿鼻叫喚は、たちまち静寂が取って代わった。うめき声の主は、たちまちのうちにあいつが処理していったのだ。次は私、間違いない。もう誰も立っていないもの。
観念したのも束の間、あいつはその手を止めて、あまりの恐怖に腰を抜かしてしまった私を支え起こして椅子に座らせてくれた。そう言えば、落とした消しゴムを拾ってあげたことがあったっけ。何故か思い出された些細な記憶。
制服に着いた床の埃を払い落としてくれた。時々、私のほうをじっと観ていた気がする。目が合うとすぐに逸されていたけど。
振り乱した髪を綺麗に梳かしてくれた。以前誰かが、あいつは私のことが気になっていると言っていた。特別モテたこともない私が、そんな、まさかね。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を清潔な布でぬぐってくれた。その手付きは大切なものを触るかのようにひたすら丁寧で、心地よさすら感じるほどだった。
黒板に私の似顔絵と数々の薔薇の絵と今日の日付を描いてくれた。あまりの事に忘れていたけど、今日は私の誕生日だった。クラスでは言ってなかったと思うので、誰からも祝われたことはないのだけど。
薔薇色の絨毯と壁紙に包まれた教室で、あいつは素敵な笑顔で「お誕生日おめでとう」と言ってくれた。「今日はお祝いだよ、最後にプレゼントが待っているからね」いったい何の話をしているか分からないけど、そんなこと誰からも言われたことないや。でもプレゼントってなんだろう。
はたと気づいた私が最後に口にした言葉は。
お願い、優しくしないで
5/2/2023, 2:15:49 PM