取り残された抹茶

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8/5/2023, 11:58:33 AM

さっきまで降っていた大粒の雨が止んだ。
全速力で木々の間を走り抜けた直後、綿飴が水に溶けていくようにあっという間に雨雲は透けて無くなった。
ついさっきの出来事だったのに、何から逃げていたのか真っ白になってしまった頭では思い出すことすらできなかった。
見晴らしの良い野原には、夏らしく丈が長くなった草花が生い茂っていた。
『ここで寝転んでしまえば、しばらくは見つからないだろうか』
そう考えた私は、服が泥だらけになるのも厭わず寝そべった。
洗いたての空が見えた。風に揺れる、草花の音が心地よかった。このまま私も、大地に溶けてしまいたいと願った。そうしてそのまま、ただ雲が流れていくのを眺めていた。
しばらくして、聞き覚えのある声がした。私の名前を呼びながら近づいてきた。息は切れている。足音も不揃いだ。
声で、思い出した。そうだ。私は彼の言葉に、感情に戸惑ってここまで逃げてきたのだ。もう、彼も覚えていないであろうこの場所をめざして一直線に。
随分前に勝手に居なくなって、連絡先も消えてもう会えないと諦めきったその矢先、まるで何事も無かったかのようにふらりと現れたのだ。あの日と何も変わらぬ声と姿で。
いままで何処にいたのか、なぜ急にいなくなったのか、今は何をしているのか。それを聞こうと口を開いた瞬間、彼の言葉で全てが封じられた。
「ごめん、好きだ」
困り顔でそう言った彼が、彼の言葉が信じられなくて逃げ出した。冗談か、本音か。さっきまで込み上げてきた感情のやり場も分からず傘を放り投げて逃げ出した。
あぁ、どうしたものか。彼に合わせる顔も、感情も分からない。そうこうしている内に足音は近づいて来る。
『もう、どうにでもなれ』
雨で濡れ、土にまみれて重たくなった身体と頭を起き上がらせた。きっと大地に生い茂る植物たちも、こんな気分なんだろうと思った。
彼と、視線が合った。
少し安心したような顔をして手を取り、私を立たせ抱きとめた。不思議と嫌な感情は湧かなかった。
「ごめん」
と再び彼は言った。
ツキミソウが咲いた朝だった。

題名:ツキミソウ

拙い文章ですが、ここまで読んで頂きありがとうございました。花言葉を調べていただけると、余韻も少し楽しんで頂けるかと思います。

今日が、明日が貴方にとって良い一日になりますよう、心から願って。それでは。

8/5/2023, 9:00:37 AM

流れる景色を見ていた。
夕日を右手に走る列車から見える景色はいつもと何変わらぬもので、だが少しだけ違っていた。
ふと、窓に着いていた跡が目に止まった。普段何気なく使っていた電車。果たして私は今まで、モノに対して疲れるという概念を持っていただろうか。あの跡はただの汚れ?違う。今日も一生懸命にたくさんの人々を運んだ証だ。
『今日も一日お疲れ様です』
と、心の中で労った20分。