“西の魔女” (テーマ不条理)
今日、西の魔女が死んだ。魔女と言っても植物に詳しくて、薬草の知識に富んでいただけの普通の少女だ。
少女の名はスノトラ。北欧神話で賢明の女神の名と同じだ。名に劣らず、賢い少女だった。スノトラは雪が溶け込んだ様な白い肌、紫水晶を嵌め込んだ様な澄んだ綺麗な瞳。腰まである闇を纏った様な艶やかな黒髪。背筋は天から糸で吊るされてるのではないかと思う程シャンとして綺麗だ。
そう、彼女は綺麗だった。神話の女神よりも、古くから言い伝えられてきたこの町の妖精よりも。
僕が彼女を初めてみたのは、3年前のこの日だった。
僕は田舎町から出てきた冒険者の卵だった。
「西の魔女の家の近くに薬草があるから、採ってきて欲しい。」とギルドの受付嬢から紹介され、依頼を受けることにした。まだ大きな依頼を受けるにはランクが足りなかったからだ。「西の魔女にくれぐれも気をつけて。見つかると命はないですよ。捕まってしまえば、魔法や薬の実験台にされるそうです。」受付嬢は不安げな顔で僕に不安を煽りたいのか、本当に心配をしているのか分からない助言をした。
僕は1人で西の魔女が住んでいる場所へと向かった。道なりは険しくなく、楽に行けた。行くまでは問題無かったのだが、ただ、薬草探しに難航した。薬草の知識を持ち合わせてない僕は、そこら中に生えてる薬草全てが同じに見えた。ただの緑の草だ。腰を下ろしながら、薬草をかき分けお目当てのものを探す。なかなか見つからない。どうしたものかと考えていた時、「ちょっと!!そこのお方!!探してるのは、もしかしてこの薬草?」と後ろの方から聞こえてきた。鈴を転がした様な声だ。振り向き確認すると、そこには薬草を籠いっぱいに入れた少女が立っていた。美しい少女に僕は見惚れてしまった。少しして僕は頷くと「あげるからさ、家で少しお茶していかない??ここには誰も寄り付かなくて、客人なんて珍しいから。」とあどけない笑みを浮かべて少女は言った。少女の家はドライフラワーが壁一面に吊るされ、薬草と花の香りに包まれていた。彼女はハーブティーを出してくれた。疲れに効くハーブを煎じてくれたそうだ。僕は彼女とひと時の会話を楽しんだ。彼女は商人をしていた父と隣町から越してきたそうだ。しかし昨年病で父が倒れて以来、1人で住んでいるそうだ。1人で暮らしていくために、昔から詳しかった薬草の知識を活かし、薬を煎じては王都へ卸し生計を立てていたそうだ。どんな薬でもつくれる賢い少女だ。それがいつからか、彼女は魔女だからどんな薬でもつくれ、魔法さえも簡単に操ることができる。と噂がだんだんと膨らみ荒唐無稽な話が出来上がったのだ。
町の人々は、そんな彼女を“西の魔女”と言い蔑み忌み嫌った。彼女はそんなことも気にとめてない様子だった。
その日から僕は彼女に会いに、月に何度か家を訪ねた。僕が来ると嬉しそうに手を振り出迎えてくれた。美味しいクッキーやマフィンとハーブティーを用意して。いつしか彼女の虜になっていた。
そうやって過ごしていき月日は流れた。平和に過ごしていけると信じてやまなかった。
この日までは。
彼女の処刑が知らされた。町に疫病が流行り、死者が増え続けた。全て西の魔女のせいだと町の人々は言い、この暴動を抑えるために王はやむを得ず処刑を決めたのだ。
彼女にそんな力あるはずない。ただのごく普通の少女なのだから。しかし、人間は脆い。脆すぎたのだ。
行き場のないこの焦りと恐怖を、誰かのせいにし処罰することで安心を求めたのだ。なんて身勝手で傲慢なのだろう。
彼女の処刑執行を聞かされたのは王都の酒場で、仲のいい冒険者から。彼女は処刑されることを知っていたそうだ。昨日彼女に会った時何も言わなかったのに。何故教えてくれなかったんだ。最期の会話だと知っていたら、彼女と過ごす最期の時間だとわかっていたら僕は迷わず彼女の手を引き連れ出してただろう。何処か遠くへ逃げようと彼女に懇願しただろう。
彼女が何をしたって言うんだ。罪を犯したわけじゃない。ただひっそりと生き、人々のために薬草を煎じていただけだ。こんなのあんまりだ。不条理だ。悔しさが込み上げ、涙が溢れ出て止まらなかった。
きっと彼女は、僕には処刑される魔女ではなく1人の少女スノトラとして終わりたかったのだろう。
次生まれ変われるのであれば、こんな不条理な世の中ではなく、彼女が慈しまれ、幸せに包まれた世界で生きれることを願おう。
“弔い” (テーマ 泣かないよ)
幼い頃、祖父が言った。「勇者になりたくば、滅多なことで涙を流すでない。常に強く、勇ましくあれ。」
勇者になる為、そう育てられてきた。
いつからだろう。呪文のようにいつも祖父のこの言葉が脳裏によぎる。
勇者になりたいと、自分で望んだわけではない。僕が勇者の孫であり、勇者の息子であるが故のことだ。僕が勇者になると当たり前のように周りは期待し、当たり前のように敷かれたレールの上を僕は歩んできた。
僕の意思なんて関係なく。夢や理想を抱くなんて無駄だ。我ながら幼いながらに、達観していたと思う。いつからか僕は感情を押し殺すことに慣れ、多情多感な人をみると癪に触った。きっと感情を表に出せる人を羨み妬んでたんだろう。
泣くなんて、怒鳴るなんて幼稚で浅はかな人間がやることだ。そう言い聞かせることでしか、自分のこの感情を落ち着かせることが出来なかったからだ。いや、それ以外に落ち着かせる術を知らなかったのだ。この考えが一番幼稚で浅はかだと心のどこかでは分かっていた。だから余計に苛立ち、自分が惨めに感じた。
賢者が死んだ。騎士が死んだ。そして自分の身体を顧みず、僕に回復魔法を使い続けてくれた僧侶が死んだ。
どうしてだ。何故こうなってしまったんだ。どこで間違えた。今の今まで問題なく冒険を続けてきたじゃないか。
僕たちとの戦いで魔王は死んだ。この世界に平和が訪れた。喜ばなければ。いや、喜べるわけがない。仲間が死んだのだから。たった一つの、代わりなんてない、かけがえのない仲間たちが。
騎士は明朗快活でパーティーのムードメーカーだった。話上手でずっと聞いてられるくらいの巧みな話術を持っていた。
賢者は無口だが聡明で、人の機微な感情を汲み取ることが出来た。
僧侶は誰が見ても美人だと口を揃えて言うほどの容姿端麗で、温和な性格の女性だった。綺麗で、でも儚く、フッと吹いた風と共に消え去りそうなほど。
誰一人欠けてはならない。僕の宝物たち。僕の戦友たち。
命尽きる前、賢者は言った「勇者だろ。泣くな。」
騎士が言った「シケたツラすんなよ。笑えよ。」
僧侶が言った「あなたとの冒険は、何にも代えがたい素敵な思い出です。生きてください。あなたはここで死んでいい人ではない。ほら、泣かないで。」と。
僕の頬を伝う涙を、僧侶は今にも力尽きそうな手を延ばしそっと拭ってくれる。
僕は非力だ。勇ましくなんかない。何が勇者だ。なにが英雄だ。今にも力尽きそうな仲間たちを救うことも出来ず、ただ涙を流し逝かないでと願うことしか出来なかった。
幼い子供のように泣いた。声が枯れるまで、涙が枯れるまで。僕がかつて幼稚だと見下した人達のように。自分の感情のままに。
でも君たちが泣くなと、生きろと、そう望むから、願うから、僕はもう泣かないよ。涙でクシャクシャな顔で精一杯笑って見せた。仲間たちはホッとした顔で静かに永い眠りについた。
泣くのは今日で最後だ。一緒に歩んだ旅路に思いを馳せ、精一杯君たちを弔おう。
かけがいのない友人たちのために。
僕ができる最大限の、僕なりの弔い方で。
僕が語り継ごう。君たちの勇姿を。君たちがどれだけ僕よりも勇者に相応しかったかを。