長年勤めていた介護施設の退職日
いつも私の顔を見ると喜んで手を振ってくれたおばあちゃん
綺麗な瞳に目尻には優しさの溢れた皺が刻まれている
いつも私の手を取り、「あなたは素敵な子。この世の宝」と頬ずりをしてくれた
いつも私に愛と温もりをくれた
退職日、彼女に辞めると伝えた
彼女は寂しそうに振り絞った笑顔で「また会おうね。サヨナラなんて寂しすぎるから」と言ってくれた
「うん。もちろん。また会おう」私は涙をこらえてささやかな約束を彼女と交わした
2人とも分かっていた。「また」がないことを
でもその約束に縋りたいほど、私たちは思い合っていた
LINEの返信がだんだん遅くなってきたあなた
スマホの画面を見ては通知が来てなくて落ち込んだり
通知が来たと喜び勇んでLINEを開いたら、友達からのメッセージで落ち込んだり
だんだん、だんだん待ちくたびれて
だんだん、だんだん不安になって
だんだん、だんだん熱が冷めてきて
LINEの通知をオフにした
次にLINEの画面をあなただけ非表示にした
そして最後はあなたに別れを告げた
あなたは躊躇なく踏み越えた。私の心の境界線を。
「君は綺麗だ」思ってもいないこと言わないで。
「今すぐ会いたい」やめて。期待させないで。
「君以外他に何も要らない」そう言って上位互換が現れたら私を捨てるくせに。
「君だけを見ている」そんな訳ない。男なんてみんな移り気じゃない。
「僕だけを見てよ」どうせ私があなたを求めたら、すぐ突き放すでしょう?
所詮恋愛なんてひとつのゲームに過ぎないくせに。
私を手にするためのミッションでしかないくせに。
お遊びのくせに。
大嫌い。やめて。これ以上踏み込んでこないで。
私の心の境界線が。しっかりと強く濃く描いていた境界線が。あなたに踏み荒らされていく。
運動場に引かれたラインパウダーを消して遊ぶ子供のように。あなたは無邪気に私の境界線を消して踏み込んできた。踏み潰さないで。無下にしないで。
どうしてそんなに近づくの。
どうしてそんなに踏み込むの。
どうして、どうして、どうして…
そんなに惨めな私をみたい?
ねぇ、今の私凄く滑稽でしょう?
下手な猿芝居はやめてよ。
どうせ私のことを本気で求めてもないくせに。
誰もいない部屋に彼はいた。
目が合った瞬間私の心は未だかつて感じたことの無い高揚感に包まれた。
仄白い肌に、大きな瞳。長い睫毛に薄い唇。
「美しい」勝手に口が動いていた。
見惚れている私を知ってか知らずか、彼は構わず私の目をみて離さない。
風で大きく靡くカーテン。舞う無数の白い羽。
きっと彼は天使なんだ。見えない透明の羽根を羽ばたかせ、きっと私の元に舞い降りたんだ。
凍える朝。凍てつく様な寒さに悴む手。
鼻先も頬も紅をさした様に紅く染めあげる。
朝だというのに帰り遅れた月と星たちが空一面を照らしている。
無色透明な寂しさを覚える冬の風を吐息で白く染めあげる。
コートを貫く冬の風は、まるで「あなたは独りぼっち」と嘲笑う様に音を立て私の身体を撫でていく。
冬は嫌いだ。私は独りぼっちなんだと、惨めなんだと思い知らされるから。