何のために生きるのか、
答えられる大人に、私は結局出会っていない。
大抵の人間が、目標なんて持っていなかった。
当たり前に明日が来ることを、
その明日が、平然としたものであることを
ただ今日と変わらぬ1日であることを、望んでいる。
───なんて強いのだ、と思った。
生きることに理由がなくても、
当たり前に進んで行ける。
意味がなくても、明日へ向かえる。
よほど私は、そういう大人になりたかった。
どうして怖くないのですか
今生きているのに、理由がついていないこと。
なぜ不安でないのですか
明日が来ても、この存在に意味などないこと。
優しい君よ、
愛と勇気を携えた君よ、
どうかそれを問わないでくれ。
その瞳がこちらを見つめるたび、私は想う。
君が生きていく明日に、理由なんて探さなくて良い。
誰のためでもない、君だけの明日を生きること
どうか君に、許してやってくれ。
音もなく消えてしまいたい夜がある
痛みも苦痛もなく、
誰かの迷惑にもならないように。
線香花火が落ちるみたいに、
ふっとなくなってしまえたらと。
この世に必要なひとって、一体誰なんだろう。
その人が最初から存在していなければ
それはそういうものとして、
きっと世界は回っていく。
存在していなければならないひとって、誰なんだろう。
どうしたらそれに、なれるんだろう。
不要なひとを知ったら、
消去法で分かるのかな。
でもそれが、自分だったら悲しいな。
消えたいくせに、矛盾だらけだ。
かすかな街の灯りが揺れる。
───明けるだろうか。
この、不安定で、朧げな夜が。
この世界はいつだって弱い者に優しくない。
発言できる強さを持った者の言葉しか、そもそもこの世には生まれない。
ひとのために飲み込んだ想いは、いつだって誰にも気付かれない。
個性が尊重される時代だって言ったって
結局は、自分を主張する勇気を持てた人間のためだけのスポットライト。
あるはずなのに。
明日の誰かの笑顔のために、
大切なものを守るために。
自分を殺すことを選んだ心が。
どうしようもなく脆くて、尊ばれるべき愛が。
笑いたくないのに笑う君へ
この不条理な世界の中で
どうか明日が、君に優しくありますように。
その涙がこぼれ落ちるより早く、気づいたらもう抱き寄せていた。
腕の中で、"ウ"とも"ワ"とも取れるような声を漏らす園田さん。
困らせている。
分かっているのに、その理性とは裏腹に、腕にはどんどん力が入っていった。
「……あ、の、深山くん」
「……やめろよ、もう」
「……え」
───知っているんだ。
いつも穏やかに笑う彼女が、本当は誰より傷つきやすいこと。
「あんな人のために、心も涙も使うの、やめろよ」
人の痛みに敏感で、嘘をつくときはいつだって誰かのためで。
「……あ、のね。私、大丈夫だよ。ちょっと、ネガティブになっちゃっただけで」
ほら、また、今も。
「……そんな顔で泣いてるやつのどこが、大丈夫なんだよ!」
「っ……」
泣かないで欲しい。笑って欲しい。
羨まれるくらい幸せに包まれている方が、この人にはよっぽど似合う。
「もっと大事にされてろよ」
「……してくれてるよ」
「デートすっぽかして一人にして、泣いてる時にそばにいないやつが、いつ大事にできるんだよ!」
「っ、」
最悪だ。
こんなの駄々こねた子供と同じだ。
感情的になって、傷えぐるような事言って。
こんなんだから、どうしようもない男なんかに負けるんだ。
「……ありがとう、深山くん」
……それなのに、この人は。
「私のために、怒ってくれて。ありがとう」
こんなくだらない感情吐露に、
プレゼントを貰った時みたいな笑顔を見せるから。
「───」
泣かないで欲しい。
けど、でも。
どうしてもその涙も含めた上で、今の自分でありたいと言うのなら。
「……泣くなよ、一人で」
どうか、せめて、
「悲しいときは、俺を呼んで。一人で泣かないって約束して」
俺だけはこの人のこと、
俺の全部で大切にしたい。
「……深山くん」
「声、大きくしてごめん」
首を小さく横に振り、ゆっくり微笑む園田さん。
「……ありがとう」
俺を映さない、優しい瞳だと思った。