「今日さどっか遊びにいこーぜ」
そう言って家に帰る支度をしていた俺に声をかけてきたのは、隣のクラスの俺の幼馴染。
こいつとは生まれた時から家も隣同士で、毎日のように遊んでいた。それは今でも変わることなく、高校生になっても続いている。
「どこ行くんだよ」
こいつと遊ぶのは好きだ。つまらないことでもこいつとならなんでも楽しい。もう何年も一緒にいるから、お互いのことはなんでもわかる。今日いいことあったのかなとか、体調悪そうとかそういうの。
「海とか?」
海なんて久しく行っていない。男二人で海というのもどうかと思うが、こいつとなら別にいい。外は溶けそうなくらい暑いのだ。海なら少しは涼しくだろう。
「今日ジャージ持ってきてないけど」
俺は今日体育もなかったからジャージは持ってきていない。明日も学校があるのだ。制服では海に入れない。
「足いれるくらいなら大丈夫だろ」
さすが陽キャ。長い時間一緒にいるのになぜこうも違うのか。
こいつは誰とでもすぐに打ち解けることができて、友達も多い。それにモテる。顔は男の俺からみてもカッコいいと思うし、身長もたかい。もてないほモテない方がおかしいだろ。こんなやつ。
それに比べて俺は、人との会話も苦手だし、友達だってクラスに二、三人くらいしかいない。顔もそこまで良くないし、身長もこいつより低い。
どうしてこんなに違うのか。世界一の謎だろ。
「たしかに」
カバンを持って立ち上がる。
こいつと海に行けるのが少しだけ楽しみで自然と口角が上がってしまう。
「早くいこーぜ。暗くなったら入れないだろ。」
こいつもテンションが上がってるのか、俺の横を走っていく。
「走るなって」
慌てて俺も走り出す。こいつは足も早いのか。全然追いつかない。
俺の足の遅さをみくびるなよ。今だって全力で走って追いつかないのだ。だから本当に走らないでくれ。海に着く前に死んでしまう。
「おせーよ」
そう言ってスピードを少し落としてくれた。
このくらいなら走れるかも。
少し安心した時、こいつは俺の腕を引っ張ってまたスピードを上げた。
腕を引っ張られているから、強制的に走らされて俺の足はもう限界だ。
「もう無理」
死にそうになりながらも必死に走って、やっとバス停に着いた。バスは後二分でくるらしい。その間にこの上がりきった息は整うだろうか。
「体力無さすぎ。これくらい余裕だろ。」
隣の男は涼しそうに、俺のことを笑っている。
じとっと睨むと「ごめんごめん」と、適当に言われた。
絶対にこいつの制服を海で濡らしてやろう。それで明日先生に怒られろ。
そうこうしてる間にバスが来た。二人で乗り込み席に座る。ここから海まで五駅。結構な距離があるがこいつとなら一瞬だろう。
「海行く前にコンビニよろーぜ」
コンビニは俺も行きたいと思ってた。アイスが食べたい。バニラ味のアイス。アイスはバニラが一番うまい。
「あり。アイス食いたい」
あそこのコンビニにはどんなアイスがあったっけ。前に行ったのは小学生の頃だからあまり覚えていない。バニラのアイスがあればいいのだが。たまにあるんだよな。バニラ味を置いていないコンビニ。
「バニラあるといいな」
こいつは俺のことをなんでも知っている。俺がバニラ以外食べないことも覚えていてくれたのか。その事実が少し嬉しかった。
二人でたわいもない会話をしていると五駅なんて一瞬で過ぎ去り、ここはもう海がある駅だ。
運転手さんにお礼を行ってバスから降りる。
二人でコンビニに寄って、飲み物やアイス、お菓子を買ってコンビニから出る。無事にバニラアイスも買えて満足だ。
「あ、海見えてきた」
そう言ってまた俺の腕を引いて走り出す。さっきよりはスピードも落として走ってくれているから、俺でも着いていけそうだ。
三分くらい走ったか。目の前には真っ青で、大きい海。
「でけー」
こんなアホみたいな感想しか出てこないのか俺は。
荷物を置いて、靴を脱ぐ。暑い砂浜の上を走って波打ち際へ。
「つめてー」
足先を入れると今までに熱が一気に引いて、冷たくて気持ちいい。
「おりゃ」
俺は少し水を手で掬い、水をかける。こいつの制服が濡れ、さっきの仕返しができたことに満足する。
「おい」
そう言って俺がかけた量の倍はあるであろう量の水を、俺にかけてきたこいつを俺は許さない。俺の制服はびちゃびちゃだ。親や先生に怒られる心配よりも今が楽しくて、俺もやり返す。そうして二人でびしょ濡れになった。
「どーすんだよ。これ。」
こんなに濡れていてはバスも乗れないし、帰れない。
それでもいいと思えるくらい楽しかったのだ。こいつといると周りが見えないくらいの楽しいが多くなる。
「とりあえずジャケットだけでも乾かそーぜ」
そう言って海から出て砂浜を歩いていく。俺も後ろをついていき、さっき荷物を置いたとこまで戻ってきた。
そうして二人で並んで砂浜に座り、お互いの濡れた服や顔を見て笑い出す。
ああ、やっぱりこいつといるとなんでも楽しい。
他のやつとなら絶対にしないことでも、こいつとならやってもいい。楽しくなるってわかってるから。
ずっとこいつの隣にいたい。そう思ってしまうのはなんでも楽しくしてしまうこいつが悪いのだ。
今更こいつの隣を誰かに渡すつもりはない。重いって自分でもわかっている。こいつにはバレないように、この気持ちは自分だけのものにしよう。
「またこような」
そう言って隣で笑ってるこいつは俺の気持ちがわかっているのだろうか。
あなたの目が覚めるまでに、私は、あなたにもらったすべてのものを返したいと思います。
まずは、私の誕生日にあなたがくれたネックレス。
これをつけて町をあなたと歩けたことがとても嬉しかったわ。私がこれをつけてあなたに会いに行くと、いつも嬉しそうに「かわいい」って言ってくれたよね。そういうあなたの笑顔が大好きで。
でも、これをあなたに返します。
次は、この指輪かな。「結婚しよう」って言ってくれた時のこと今でもはっきり覚えてる。あなた、すごく緊張してたよね。おしゃれなレストランで、指輪を見せながら跪く。ありきたりなプロポーズだったけど、私はあなたがしてくれたあのプロポーズが、世界で1番のプロポーズだと思うわ。なんでって誰でもないあなたがしてくれたんだもの。当然よ。
二人でお揃いの指輪をして、手を繋いでたくさんの場所に行って。その全部が私の大事な思い出。
でも、これも返すわね。
他にも全部返すわ。私にくれたこの髪飾りも、服も。
それから一緒に食べたご飯の思い出も、初めてあなたの家に行った時の思い出も。全部、全部、返すわ。
私はあなたが大好きよ。でもこの気持ちも返すわね。
たくさん私にくれてありがとう。
あなたの目が覚めたら私はきっともういないわ。
だから、私のことは忘れて、思い出も捨てて、私よりもいい女の人を見つけてね。
それからもっともっと長生きして、私の分まで生きてちょうだい。
それが私からの最後のお願い。
だから、ここでお別れね。
今までありがとうございました。
朝、目が覚めると見慣れない天井。
あたりを見回しても白、白、白。どこをみても白いのだ。
前日に会社の中で倒れそのまま病院に運ばれたのだろう。
毎日のように上司に怒られ残業の日々。心はとっくに悲鳴をあげていた。ついには体まで耐えられなくなってしまったのだ。
なんだか無償にあいつが作った豆腐の味噌汁が飲みたい。暖かくて、安心するあの味を今、無性に、体が欲しがっている。
もうずっとあいつには会っていない。会う時間がないのだ。
あいつからは何度も連絡があった。
会いたい。いつなら会えるの。仕事忙しい?
連絡を返せるのは日が登ってきた朝方。
本当はすぐにでも会いに行って抱きしめたかった。
けど、仕事を休む勇気も、辞める勇気もなかったから、返す返事はいつも決まっていた。
ごめん、仕事が片付かなくて。
声を聞いたらきっと耐えられないから、メールで簡潔に。
もう仕事は辞めよう。そして、あいつに会いに行こう。
ガラガラ
そんなことを考えていると病室の扉が開く。
そこにいたのは、キレイな花を抱えたあいつの姿。
泣きそうな顔で駆け寄ってくるからこっちまで泣きそうになって。
いっぱい言いたいことがあったのに出てきた言葉は短くて。
ごめん。
そしたらパッと顔をあげて目にたくさんの涙を溜めながらぎゅっと強く抱きしめられて。
久しぶりの温もりに、久しぶりの匂い。
それだけで重かった心はスッと軽くなって、我慢していた涙も溢れてくる。
それから二人でバカみたいに泣いて、声に気づいた看護師が先生を呼んでくれた。
その日は一日病院に泊まり、次の日には退院。
すぐに会社にも連絡して仕事も辞めた。
今は新しい仕事をしながらあいつの作った豆腐の味噌汁を二人で飲んでいる。
こんなに幸せで暖かいなら、もっと早くに仕事を辞めておけば良かった。
そう思えるくらい今はとても幸せなのだ。
ピピピピ、ピピピピ
嫌な頭痛にうるさいアラーム。最悪な目覚めだ。
重い頭を起こして立ち上がり、ベッドから降りる。
カーテンを開けると予想は的中、外は土砂降りの雨。
今日は何もする気が起きない。
学校にも行きたくないし、勉強なんてもってのほか。
今日くらいはいいだろう。
もう一度ベッドに横になる。
一階から母が呼ぶ声が聞こえるが、返事をする気はない。
今日は絶対に何もしないと決めたのだ。
それに、こんなに頭痛がひどいのに学校に行けというのもおかしな話だ。
ゆっくり目を閉じる。
明日は何をしようか。
学校に行って、友達と遊んで。それから。
明日が今日よりもいい日であればそれでいい。
明日はきっといい日になる。