『同情』
「ああ、それ分かるー!」
そう言って、私がふとこぼした愚痴に『共感』した貴女。
そこには実感がこもっていて、貴女も私と同じように苦労したのだろうことが伺えた。
私と貴女は同じものを見ている。
「ああ、それは可哀想に。」
そう言って、私が泣きながらやっとのことで吐き出した言葉に『憐憫』を向けた貴女。
大丈夫だよ、私がいるからね。
私という小さなものを包む貴女は大きく、私に覆い被さるけれど触れ合わない。
私と貴女は対岸にいて、貴女は私を見ている。
「それは……。悲しかったね。」
そう言って、痛そうに目を伏せ『同情』した貴女。
貴女の脳裏で、私はどんな酷い目にあっているのだろう。
私の言葉を使って想像し、決して私ではない、けれど私に近い「貴女が想像する私」の境遇を悲しむ貴女。
私と貴女は隣にいて、互いの感情を擦りあう。
貴女は「私」を見ている。
他人に自分の感情を完全に理解させる事は出来ない。
私が貴女のことを何も理解できないのと同じように。
ただ、私が以前感じた痛みと今貴女が感じている痛みが同じであれば良いなと思い、そっと寄り添うのがきっと「同情」というものなのだろう。
『枯葉』
ああ、ごめんなさい。
上手に産んであげられなくて、ごめんなさい。
お腹の中にいた時はあんなに重い重いと思っていたのに、今腕の中にいる貴方はこんなにも軽い。
命の重みを無くしてしまって、風に吹き飛ばされそうな枯葉のような貴方のふやけた身体。
私が貴方の代わりに重さを無くしてあげられればどれ程良かったことか。
産まれてくる貴方のために、産着を用意して、ガラじゃないけど靴下を編んでみて、眠い目を擦って色んな育児の本を読みました。
大変だったけれど、貴方が産声を上げて生まれてくる日をとても心待ちにしていたのに。
貴方は声すらも上げないままに、私の元から居なくなってしまいました。
私がちゃんと産んであげられていたら、貴方は私が老いるのに従って育ち、そして老いていったでしょう。
貴方の小さな手は既に冷たく、私の手は嫌になるほど熱い。
私の頬を流れる涙も、あまりにも熱いのです。
どうしようもなく。
貴方が生まれたあと、私の手を借りてスクスクと育っていくのを想像していました。
波瀾万丈で、けれどきっと楽しくなる、はずでした。
貴方の人生を楽しくさせようと決めていました。
貴方は私の手を、あまりにも早く離れていってしまいました。
貴方の小さな小さな遺骨は、今は枯葉の下になっているでしょう。
私の手に抱かれる前に、大地に抱かれることになってしまった貴方。
名前も付けてあげられなかった貴方。
ごめんなさい。
『今日にさよなら』
いつからか、0時を過ぎてから寝ることが習慣になってしまった。
おかしいな、子どもの頃は8時か9時には寝ていたというのに。
今じゃ気づけば深夜である。
スタンドの灯りを頼りに作業していた夜。
ふと目を上げて、傍に置いたデジタル時計が1:26なんかを示している時。
そんな時に、僕は時間という区切りが人工的であることに気がつく。
原始の世界には「時間」という概念は存在せず、ただ太陽が昇り、沈むだけだったのだろう。
それを人間がある時、「1日」というものを作り、「1日は24時間にしよう」と決めた。
全世界の人間が守っている決まり事なだけで、1時間や1分の区切りなんて自然界には無いのだ。
だから僕は、平気で夜更かしをする。
1:26なんて中途半端な時間に集中力が途切れて、寝ようかなと思う。
今日も日付が変わる前に寝られなかったな、なんてぼんやり思う。
今日にさよならする前に、明日が今日になってしまったなと思うのだ。
『お気に入り』
梶井基次郎の『檸檬』。
丸善に檸檬爆弾を置いて帰る最後のくだりが有名だけれど、僕は特段そこには惹かれなかった。
それは皆が檸檬爆弾を擦り過ぎた、というのもあるだろうが、それよりも『檸檬』の全編を通して繰り広げられるフワフワとした好きな物の列挙の中に檸檬が1つポンと出てくるだけだから、というのもある。
檸檬以外にも、「私」が好きな物は沢山あるのだ。
僕はどちらかと言えば前半の丸善のウィンドウショッピングの話が好きだった。
初めて読んだのは学校の教科書内で、あの退屈極まる授業の中でいきなり「オードコロン」とか「香水瓶」「煙管」なんか出てきたから、僕はなんとなくソワソワしてしまった。
単純にカッコイイな、と思ったのである。
お金が無いけど病気をしていた「私」が、自身を慰めるために贅沢をする。
贅沢と言っても、舶来品を心ゆくまで見た後に、結局少しお高めの鉛筆を1本買う、みたいな贅沢。
惚れてしまうだろう、コレは。
なんて豊かなんだろうと思った。
確かに貧乏しているかもしれないが、彼は心まで貧困では無いのだ。
イイな、と思ったから買う、買わないけど見る。
気に入ったから檸檬を買った。
重い美術の本を読んでみたは良いけれど、気が向かないまま腕の痛みだけが残る。
ふと気が向いて懐に入れていた檸檬を爆弾に見立てて本の上に置き去りにし、爆発したらどうだろうと考えて楽しむ。
たった10ページ程の間に、これほどの精神的な充足感を書ける人がいるのかと悔しくなるくらい、梶井基次郎は充実した人だと思った。
そうしてこの短編は、見事僕のお気に入りとなったのだ。
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2月17日は梶井基次郎のお誕生日なので。
『待ってて』
もう少しだけ、待っていて欲しいの。
ニレの老木が青々とした葉をつけて、エムブラが生まれるまで。
ブドウを銀盆の上に載せておいて。
貴方の指の腹から未だ微かに伝わる熱が、実を熟させるまで。
天火で温めた料理を持って、今年生まれた猟犬を連れて来て。
祝福の息吹が、薄い産毛をふわりと掻き上げるまで。
貴方の開いた眼(まなこ)をそっと撫で、硬くなった肌をなぞらせて。
睫毛と髪の柔らかな調和が、貴方の凍えた微笑を溶かすまで。
ねえ、もう少しだけ、待っていて欲しいの。
黒檀の棺に冷たく乾いた土を被せ、貴方が青と二度と触れ合わなくなるまで。
もう少しだけ、待っていて、ほしいの。
貴方と私が混ざりあって、晴れやかな水銀が私の喉を這い進むまで───
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初めて詩を書いてみました。
難しいですね