狭い狭い箱の中。ただひたすらに揺られている。
何も見たくないと、何も聞きたくないと。
身動きが取れない狭い空間に、時折覗くのは、隙間から射し込む陽の光。
こんなにも身動きが取れなくなったのは、いつからだったろう。遠い昔だったような気もするし、つい最近だった気もする。
私の旅路はとても視界が開けていて、広く長く続く道とそれを照らす光が存在していた。見えない明日に心を弾ませて。たまに怯えることもあったけれど。
それなのに、いつからか、この箱の中に閉じ込められていた。明日も何も、わからなくなっていた。
箱が大きく揺れた。
ここは、外の様子が見えなくて、怖い。
出して。いや、出さないで。
箱の薄い壁を掻き毟る。
その壁は、本当にそこにあるのかさえもよく分からない。
私は、何処へ向かおうとしているのだろう?
私は、何に捉えられているのだろう?
暗闇に包まれた箱の中。
壁を掻き毟るのをやめ、静かに目を閉じると、更なる暗闇が襲ってくる。
このまま暗闇に身を投じて、何も知らないままでいれば、もう傷付くこともないのだろうか?
それならばきっと、この箱は、私の心を護る唯一の殻だから。
この箱の向こう側のことなんて、もう知らないままで、このままで――。
勝手に何処かへ運ばれて、勝手に何処かへ辿り着く。そんな旅路で構わない。
再び箱が大きく揺れて、突然高く放り出された。
ひっくり返って体をしこたま打ち付ける。
蓋を開ける勇気はない。
死ぬのなら、このまま何も知らないまま死にたい。
そう思うのに、箱の蓋が、誰かの手によって開けられようとしていた。
怯えた私は、その腕を力いっぱい掴んだ。
それでもその腕の力には敵わなくて、蓋は開けられてしまった。
暗闇ばかり目が慣れていた私には、一瞬、眩し過ぎて分からなかった。
開いた箱の外側。
最初に目に入ったそれは――遠くて高い、青い空だったんだ。
『心の旅路』
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰だ?」
「それは女王様でございます」
いつもの質問。いつもの解答。
女王はこの答え以外は求めていない。この答え以外を発することは許されない。
真実を映せない鏡はどんどん凍っていく。
本当は、世界で一番美しい人は身近に別にいた。
知っていて、それでも語ることはできなかった。
「あら、美しい鏡ね」
ある日、その美しい人が、部屋に入って鏡を見つけた。
「少し曇っているわね」
その美しい人は、自分の服の袖で鏡を磨いた。
白く曇っていた鏡は輝きを取り戻し、凍っていた心は溶けていくように感じた。
「これでよし」
美しい人が笑う。
もう噓は吐けなかった。
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰だ?」
「それは――」
温かさを知る鏡は曇りなく、真実を映し出す。
『凍てつく鏡』
しんしんと雪が降り積もる。
夜も更けて辺りは暗いのに、カーテンを開けると、雪が部屋の灯りを反射して、辺りが輝いた。
静かだなぁ……。そして窓から伝わる冷気が寒いな……。
もう寝よう。暖かい部屋で、猫を抱きかかえて。
『雪明かりの夜』
昔々あるところに、お父さんとお母さん、そして、三人の子供が住んでいました。
三人の子供は三つ子で、三人の子供が産まれた時、お父さんとお母さんは大きなショックを受けました。
なぜなら、三人のうち二人はそっくりでとてもかわいらしかったのに対し、残りの一人がとても醜かったのです。
悩んだお母さんは、その子を捨ててしまおうかと思いましたが、お父さんがそれを止めました。
代わりに、家族以外にその子の存在が知られることのないよう、その子は屋上にある倉庫に入れられることになりました。
かわいらしい二人の娘は、彼女達に合ったかわいい服や素敵な部屋が与えられていました。
しかし、二人の娘はそのことを不思議に思っていました。
「どうして私達にはこんなにかわいいお洋服やお部屋があるのに、あの子にはあんなにみすぼらしい服やお部屋を与えるの? どうしてあの子だけ酷い目に遭わせるの?」
二人の娘がお母さんに尋ねますが、「気にしなくていい」と言われてしまうだけでした。
それでも二人の娘は、ほかの子達と同じようにその子と仲良くしていました。
お父さんとお母さんは、それを快く思っていませんでした。
その頃、お父さんは妙な宗教にはまっていました。
そして、どんどんおかしくなっていきました。
それは、三人の子供の六歳の誕生日のことでした。
お母さんはかわいらしい二人の娘のために、誕生日パーティーを開こうとはりきっていました。
お父さんはそんな特別な日だというのに、なぜか朝から姿が見えません。
お母さんが一人で頑張って準備をしているうちに、パーティーが始まる時間になりました。二人の娘のお友達も大勢来ています。
しかし、そんな時間になっても、お父さんは出てきませんでした。
「お父さんたら、どこへ行ったのかしら?」
お母さんがお父さんを探しに行こうとした時です。
家が大きく揺れたかと思うと、どこからか血や汚物に塗れた化け物が現れました。
その化け物は、あの醜い娘でした。
お父さんは、悪い宗教にはまってしまい、生贄を捧げて神を呼び出そうとしていたのでした。そして、生贄として捧げられた娘にその神——邪神が乗り移ってしまったのです。
化け物となってしまったその子は、怒りや悲しみ、憎しみといった負の感情が溢れ出し、とうとうお父さんとお母さん、それだけでなく、その場にいた二人の娘の友達もみんな殺してしまいました。
ただ、いつも仲良くしてくれた、その子にとって大事な姉妹、そして友達でもある二人だけは殺しませんでした。
「どうして私だけ?」
その子は全てを恨んでいました。
それでも、いつも一緒に遊んでくれる二人の姉妹だけは、恨み切れなかったのです。
お父さんは怪しい神様を信仰しているようでした。その子を生かしているのも、どうやらそれに関係しているようでした。
その子はずっと思っていました。
本当に神様がいるのならば、私の全てを捧げるから、どうか私の願いを叶えてください。どうかあの人たちに罰を——。
祈りは届き、願いは叶えられました。
そうして、三人は神様になりました。
『祈りを捧げて』
あの日のぬくもりを忘れられずにいた。
ここで待っていれば、いつかきっと迎えに来てくれるんじゃないかと。ずっと、ずっと待ち続けた。
淡い期待は打ち砕かれ、もうその場から動こうにも動けない。
瞼が落ちるその時、ふわっと何かが体に触れた。
それは、あの遠い日を思い出させるような、そんな待ち望んでいた温かさだった。
『遠い日のぬくもり』