【傘の中の秘密】
「傘ささないの?」
「これくらいの雨ならいいかなー」
「そう?」
ボクの説明に納得したのか、彼は何も言わなかった。
それから通学路の分かれ道まで話しながら帰った。
担任がズラだったこと、昨日のクイズ番組のこと。
教室から逃げ出したあいつのこと。
「ばいばーい」
ボクが言うと彼も手を振った。
そのまま近くの空き地に向かう。
昨日の雨で雑草が濡れていて、数歩で進んで諦めた。
ボクは傘をさす。
ボトッとなにかの落ちる音がした。
傘の中の秘密。
教室で飼っていたカエルを潜ませた秘密。
一生を水槽の中だなんて、可哀想だから。
「長生きしろよ」
【雨上がり】
一年中降り続いた雨が止んだ。
植物は育たず、地上は水に覆われた。
今では川と海の境目もわからない。
それでも、人間は生きているだろうと思う。
だって、しぶといもの。
雨上がりの沈んだ街を。
人魚の私は優雅に泳ぐ。
【勝ち負けなんて】
勝ち負けなんて、どうでもよくない?
何回やってもあたしが勝つんだし。
なーんてね!
今回のはヤバかった!
って、急にどうしたの?
あたしの転校のこと?
べつに永遠の別れってわけじゃないんだし。
会おうと思えば……ってちょっと遠いな。
てか、あたし以外に負けるんじゃねーぞ!
そうしたら嫌でも会えるじゃん!
決勝で!
待ってるからな!
約束だぞ!
【これで最後】
書きたい物語があった。
けれど同じ内容の物語がもう売り出されていた。
しかも自分のものよりもずっと美しく。
だから、これで最後。
才能のない私なんて消えるべき。
……そう思うのに。
今日も私は文字を打つ。
【君の名前を呼んだ日】
その日、息子は猫を拾ってきた。
尻尾まで真っ黒で、去年死んだ猫に似ていた。
元の場所に戻してきなさい、とは言えず。
私は世話をすることを条件に飼うことを許した。
息子は猫の名前をクロロにした。
前の猫がクロだったから。
息子が君の名前を呼んだ日。
君は猫になった。