彼女曰く、何も特別なことはないらしい。
俺らからしたら特別で、初めから全てを持っている人生イージーモードの主人公のようにしかみえない。それが幸せかどうかはわからないが恵まれていることに変わりはない。もちろん羨ましくはあるが、同時に憐れみも感じる。
本人が望んだわけでもないのに注目され期待を押しつけられる生き方なんて、俺はごめんだ。
「私はね、偶然っていう運命に選ばれただけなんだよ。そのときその場所にいてたまたま素養があっただけ。別に、私じゃなくてもよかったってこと」
笑っているのに笑っていない。穏やかで、優しくて、どこか影のあるその表情は恐ろしかった。
生まれ持った才能に人生を狂わされているようで、選択肢なんてものは最初から存在せずそれこそ運命としか言いようがないほど真っ直ぐゴールへと繋がっている。そのゴールが彼女にとっての地獄であってもそこへしか進めない。
「私はあなたが羨ましい」
眼下に広がる灯りの海を背に、彼女は笑う。泣いているようにもみえたからその頬に触れようと近づいた。手を伸ばせば届く距離だった。でも俺よりもはやく手を突き出した彼女のせいでもう二度と埋まらない距離ができてしまった。
人工の光の中に落ちていく彼女と地面に座りこんだままの俺。世間に必要とされる彼女との差が縮まって、また追いつけないほど深いところまで落ちていってしまった。
―――どうして、彼女だったんだ
【題:夜景】
「君から連絡をくれるなんて珍しいな」
なんで、そんなに嬉しそうなんだろう。特別なことなんて何もないのにどうして。
そんなふうに笑わないでよ、ふにゃりと蕩けるような表情をされると落ち着かない。だから嫌なんだよ。私ばっかりこんな想いを募らせるなんてつらいから。
こんなささいなことでそんなに喜ばないで。
【題:君からのLINE】
これはもう、絶対に許してもらえない。
どれだけ言葉をつくしても、頭を下げても足りない。底のないバケツに水を注ぎ続けるように無意味で、時計の秒針がただ動き続けるのをわざわざ注視しないのと同じ。
何をいっても言い訳で、謝罪をすることは当たり前。
だって、私が悪いから。
でも1つだけ方法がある。これが効くのは彼相手だからで他の人になんてしようとも思わない。どんなに怒っていても決して私から目をそらさない彼にだから通じる。いや、通じてほしい。そうじゃないと泣いちゃう。
彼の正面に立つ。きっと距離をとろうとするから逃げられないように首元に腕をまわす。力では勝てないから素早く近づくんだ。彼は驚いた顔をしているだろうけど私は必死だから気づかない。恥ずかしいくらい真っ赤になって今度は私が逃げるだろう。
その後は、どうだろうか。やっぱり許してもらえないだろうか、それとも逃げることだけは許してくれるのか。
私はどうしようもなく彼に囚われていて、彼もそうであってほしいと思ってしまう。だめだ、やっぱり泣きそう。はやく許して。
【題:本気の恋】
『またね』
その言葉に安堵していた頃が懐かしい。楽しい時間が終わってしまう悲しさを曖昧な約束が癒やしてくれる。
こんなにも誰かと離れることを悲しむのは初めてだったんだ。
『バイバイ』もしくは、『さよなら』
あんなにも色鮮やかだった時間に嫌悪感を抱いた。些細なきっかけからヒビが入ってそれが埋められない溝となっていった。嫌いになったわけではない、でも、苦しくてしかたないんだ。
だからあの日、言葉をかえたのだ。
あれから月日が経って色んなことが変わった。
一人取り残されて、決して多くはないだろう時間と向き合ったときふと思い出した。さよならを伝えた人や伝えられなかったけどさよならした人に会いたくなった。
とても身勝手でわがままで、純粋な好奇心だ。
どうなったかな、忘れられてしまったかな、怒っているだろうか、嫌われてしまっただろうな。
それでもいい。未練や後悔なんてないけれどまだ存在しているのか確認したい。ああ、本当に自分勝手で嫌なやつだな。こんなにも心躍るのは久しぶりなんだよ。楽しみ。
【題:踊るように】
私はパズルを組み立てている。
完成図もなければ、絵や柄もないまっさらなパズルだ。ピースの大きさや形も不揃いな上に必要な個数もわからない。
〝私〟という人間の一生をかけたパズルだ。
1日が終わるたびに少しだけ世界が広がり、そのどこかにピースがある。きれいな色だったり濁っていたりその日を表したような色形でみつけるのに苦労する。感情が色であれば出来事は形として表れ、大きさは充実度を示す。
最初ははめ込むのも簡単だったのに広がりすぎたパズルはあるべき場所を探すのも大変になってしまった。不思議なことに過去のピースほど色褪せて、あるのかないのかわからないくらい透明になっている。触ればあるのはわかるから消えてはいない。
ついに終わりがみえてきたとき、大事なことに気がついた。パズルの全体図がなんとなく予想できてしまったときから覚悟はしていた。私にとって1番大切なものだったと今になって気づいたのだ。
赤く、燃えるように鮮烈で、温かくも冷たいそれ。
このパズルは完成しないまま終わるだろう。大切なものを得られないまま死んでいく私のように、白く褪せていつか無色透明になって吹き飛んでいく。
真上からみたパズルは〝私〟だった。
心臓があるはずの位置にはピースがない。欠けてしまったのか元からなかったのか、探すのを諦めてしまったのか。
きっとそこには真っ赤なハート型のピースがあったはずなんだ。命をつなぐ象徴をかたどったものがあったはずなんだ。
パズルが端から燃えていく。ここも時間の問題だ。
私の時は終わったのだとわかるんだ。
悲しくはない、後悔はない。
完成しないことが正解だったのかもしれないな。
【題:時を告げる】