正直は美徳か。
私はそうは思わない。
それは私の心が醜いから。
呆れ、侮蔑、軽視。
本当のことを言ったら相手を傷つけてしまう。どころか自分の評価も落とす。
社会においては建前こそが美徳。
私の梅雨の思い出は他愛ないもの。
電車のうかない採光の車窓。山間を通った時の雨に濡れた深緑の美しさは、十数年たった今でも目に焼き付いて離れない。
いつかの大雨の日。余りの冷え込みに押入れから冬服を引っ張り出してきたことは、失敗談として胸を離れない。
梅雨。
体感として初夏と夏の間。
寒くて、濡れる深い緑の季節。
「ああ、ええと……。
天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、……星の事でもなくて、……仕事の話でもない。
……君の、好きなものは何?」
彼に、そう、とても真剣な眼差しで訊かれたことを良く覚えている。だって、とても驚いたのだから。
今までの彼との会話を思い出すと、私が話しかけるものの、あとは一方的に彼が話して私は聞き役に徹するばかりだったのに。
どうしたの? と聞くと、知りたいんだ、と返ってきてまた驚いた。彼の眸の色が濃くなっていて、それを見て、私の心臓がどんどんと高鳴っていく。
「私の、好きなものは――――」
「どんな事でも知りたい。好きな食物とか、興味あるものとか。君は何が好き?」
まるで食らいついてくるような眸に、危うく、あなたよ、と応えそうになってしまい、私は数瞬息を止めた。
「…ココアが好きよ。
あと食べ物ならシチューが好きだし……大学時代からこっそりキノコの研究を続けているわ」
ドキドキと煩い鼓動に押されつつ、彼に興味をもって貰えたのが嬉しくて、言うはずじゃなかったキノコ研究のことまで言ってしまったのは、今思い返すと良かったのか。
「そう、なんだね。聞けて良かった。
じゃあ今度、シチューの美味しいお店を調べておくよ」
心なし緊張しているように見えた彼の顔が一気に破顔して、喜色に輝いたことが嬉しかった事も覚えている。
私が、彼と付き合う数日前のこと。
ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。
逃げる。何から?
現実から。
「ごめんね」
私はそっと呟いた。
私に怒り疲れた母は、今は寝ている。
冷蔵庫の中の数量限定プリンを食べたのは、本当は妹だ。
でも私が食べたと母は勘違いをして烈火の如く怒り狂った。
因みに妹は母のあまりの剣幕に自分の犯行を言い出すことができず、後日罪を被った私にちょっといいランチを奢るともう話はついている。
限定プリンを食べそこねた母。
姉妹の協定を知らずにいる母。
私は、理不尽に怒られた手前釈然としないものを感じつつも、そんな母を少し哀れに思っていた。
ランチの帰り、ちょっといいとこのお菓子を買って帰ろうと思っている。