「好きな色」
私の好きな色はすみれ色。青みがかった、ムラサキ。
あなたが左腕に着けていたバングルの石の色。
学生時代から使っているというペンの色。
お酒を飲みに行くと最後に頼むカクテルの色。
ある日出先で入ったお店でバイオレットフィズを飲んだ。
スッキリした味に微かなすみれの香り。
ほんのり薬くささもあって、好き嫌い分かれそうだなと思った。
「カクテル言葉はご存知ですか?」
ニコニコしたバーテンダーに話しかけられて、初めて聞きましたと答える。
「花言葉のようにカクテルにも一つ一つ意味合いが付けられているんです。こちらのバイオレットフィズのカクテル言葉は『私を覚えていて』なんですよ。」
それを聞いて気づいてしまった。
私がすみれ色を見てあなたを想うように、あなたにもすみれ色と結びついた誰かがいるのではないか。
グラスを傾けながら、あなたは誰を思い出していたの?
「あなたがいたから」
同じ時間を共有していくうちに、ぎこちなかった会話が自然と話せるようになった。
同じものを見た時の考え方や感じ方がだんだん似通ってきた。
人波に流されないようにと繋がれていた手は、理由がなくても握られるようになった。
このままずっと一緒にいられると思っていた。
なのに、反転。
この喪失感もあなたがいたから感じるのだろう。
「相合傘」
その日は雨が降っていた。
アルバイト先で私と入れ替わりでシフトに入る彼に挨拶と少しの申し送りをして仕事を上がる。
今日も会えた!
もうちょっとお話ししたかったな。
なんて、着替えながら独りごちて。
帰り支度を済ませて従業員出入り口を開けると、数メートル先に傘も差さずに備品倉庫を開けている彼が目に入った。
しとしとと小雨が降り続いている。
「濡れちゃうよ? 出入り口まで傘差すよ。」
そう言って彼の近くまで行き、彼と彼が持つ備品が濡れないように傘を傾ける。
「ありがとうございます、助かる!」
彼は大げさに感謝して私の隣を歩いた。
「なんだか相合傘みたいっすね」
「女に傘持たせて相合傘とか言うー?」
「厳しいな!それじゃあ、お疲れ様でした!」
「お疲れ様。シフト頑張ってね。」
なんてこともないような軽口を叩いて歩いたあのたった数メートルが、彼との唯一の思い出。