:赤い糸
鼻血と鼻水が混ざったドロドロの赤い糸が伸びていく。僕の鼻と貴方の拳を繋いでいる。
「ごめん、ごめんなさい……こんなことするつもりじゃなかった」
鉄臭い、汚い、ベチャベチョ。鼻、折れてないといいな。ジンジン、痛いな。唖然とした? そんなことない。また、殴られただけ。
「痛いよな、今氷を取ってくる、冷やさないと……」
鼻の奥がドクドク波打って鼻水を生成している。切れたとこから血液が流れて鼻血が垂れていく。赤い糸、汚いなぁ。
赤い糸……ねえ、どこ行ったの。僕をおいて、どこかへ行ってしまった。僕をおいて、行かないで。血まみれ、僕、あのとき、どうしたら良かったのかな。違う選択を取っていたら、僕は今でも……。赤い、糸、あかぁい血で、縫い合わせてしまったかもしれない。違う生地同士を、無理やり。血まみれにしてしまった。
――つめたい
「少し我慢してね」
鼻に氷を押し付けられて、今度はキンキン頭まで痛くなってきた。グリグリ押し付けられて体温で溶けた氷が液体となって、鼻血と絡まり口周りを染めていく。ああ、汚いなぁ。鉄の味。
お前の拳も血まみれで、全く痛そうじゃない。暴力で繋がった赤い糸。結局こういう濃度にあるのだと思う。お前も俺もクソ野郎だ。暴力賛成と笑ってないまぜにしてなあなあにしている。
「もう十分冷えたかな。念の為病院に行こう。折れてなければいいんだが……」
痛い。優しさ。肉体。それでいい。暴力だげが肯定してくれる。痛い。怖い。ずっとずっと罰してくれ。ずっとずっと裁かせてくれ。ずっと、ずっと。
「……うん、ありがとう。ありがとう。ありがとう」
ありがとう。許してくれてありがとう。
:君と最後に会った日
「そんな言い方、しなくてもいいじゃん」
こんなものは小手先の技術だとか、自分には才能がないからできないんだとか、そんなもの在り来りだから誰でも思いつくとか、つまらないだとか、他人も自分も下げるような発言ばっかりだったからきっと僕に嫌気が差したんだ。
自分は何でも分かってますよ理解してますよって評論家気取りのウザい奴。一緒に居たって楽しくないどころか気分を悪くするような発言ばかり。ネチネチネチネチいやみったらしくて、人に対する敬意が見えない。一々いやそれはどうのこうの、だからこうでそうでなんとかなんだよなぁって、長ったらしく語る。
ああ、鬱陶しいな、これ。
ひねくれてるとか、思い込み激しいとか、劣等コンプレックスとか、自己肯定感が低くてプライド高いとか、どんどん悪い言い方ばかりできる。
評論家気取りのクソッタレ。
「正論を言ってるだけ」と言う名の持論を振りかざし人を攻撃する幼稚さ。自分の思考こそ正解で正しいと押し付け人を“矯正”しようとする傲慢さ。人に物言えるほどできた人間ではないというのに。器の小さいゴミクズ人間。
僕は、ゴミ箱に頭突っ込んで窒息死でもしたほうが
「そんな言い方、しなくてもいいじゃん」
お前は可愛いな。健気で、優しくて、健康的な思考で。正しくて、正しくて、正しくて、正しくて、最後の最後までずっとずっとずっとお前は正しい。正しい、正しい、正しい。
「思考を自ら否定する必要ないよ。自分の思考を受け入れてみて」「間違いとか正しいとかに囚われなくていいんだよ」「自分の思考で自分の首を絞める必要もない、大丈夫、突っぱねなくてもいい」「大丈夫」「認めてみようとしてみて」「そのほうが楽になれる」「そんな言い方、しなくてもいいじゃん」「大丈夫、そんな酷い言い方しなくたって、どんな考え方でも、人それぞれだよ。どれが良いとか悪いとかじゃない」「いいんだよ」「他人のことも責める必要ないよ。そんな考え方もあるんだね、でいいじゃない」「大丈夫」「いいんだよ」
鬱陶しい。正しい。鬱陶しい。正しい。正しい?
そんな思考もお前の思い込みと勘違いだろ。
聖人気取りのクソッタレ。
「人に悪口を言うとき、実はその悪口は自分が言われたくないことを言うらしいね。私も気をつけなきゃ。だって、自責してます風他責も他責してます風自責だってバレてんだよ。自分でも他人でも誰でもいいから諸共ぶっ刺してやりたいって。ね。
:繊細な花
いい匂いがする。花畑でふわりと香る甘い蜜のような。「わたしは癖毛だから、あなたのストレートな髪が羨ましいな」なんて言っていた、ゆるくウェーブがかった柔らかな黒髪の感触。湖の水面を思い起こすような美しさ、ふわふわの綿あめを連想させる可愛らしさ、貴方の髪はそのどちらもを持っている。
貴方にリボンが垂れたシュシュを贈った。艷やかな質感の黒いシュシュ。貴方はあまり派手な物を好まないから、黒髪に溶け込む黒色を。手渡したとき、目を見開いてからほころぶように笑って喜ぶ貴方に、胸の奥がチリチリと焦げていくような感覚がした。次の日髪を右横に持ってきて三つ編みし、前で垂らして黒いシュシュで留めているのを見たときは、想像通りの髪型で、想像通り似合っていて……。
今でも使ってくれていたりしない?
そう、そうよね、だって私達、ただの友達だものね。私ってば高慢よね。恋人でもないのにこんなこと思って。
でも、恋人になりたいとかそんなのじゃないの。私はただ、貴方が好きなだけ。
最初に出会った頃は今よりずっとくるんとした癖毛だった。可愛らしい、くせっ毛。華奢で、話し方が柔らかくて、フワッとどこかへ飛んでいってしまいそうな危うさがあって私、私……貴方と友達になりたいって、貴方の近くにいたいって。一目惚れだった。
束の間の夢。きっと勘違いだって言われる。それは恋とか愛とかじゃなくて友情、親愛が行き過ぎてるだけって。そうね、私は貴方の恋人になりたいわけじゃない。貴方と人生を共にする覚悟もない。ただ、美しい花にときめいて、見惚れて、美しい花瓶に生けたいと思うような、そんな気持ち。
貴方のことを繊細な花だと思って触れてきた。触れたらすぐにぽっきり折れてしまうような、ひらひら花弁が舞ってしまうような、繊細な花。大事に、壊れないように、そっと、優しく。
花のような甘い香りがする、ウェーブがかった柔らかな黒髪に、そっと。
……くせっ毛、もうやめたんだね。
後悔があるとしたら、貴方が褒めてくれた髪をバッサリ切り落としてしまったことかもしれない。今更ね、貴方に髪を手ぐしで梳いてほしかった、なんて、気持ちに気づいたの。
:好きな色
深紫。ドロドロ病み溶けているときの色。
好きで身に纏っているわけではない。
染み付いているのだ。
冷静を取り繕っている。
正直将来が怖い。これからどうなるかなんて、どうにかするしかない。怖い。だってもうどの道過酷な未来しか待ってない。
ああ嫌だな、それならさっさと
不幸のまま/束の間の幸せを味わったまま
死にたい。
人はいずれ死ぬ。早いか遅いかの違いなだけで。天寿を全うすることが良しとされているのかもしれないが、病死も、事故死も、自殺も、結局死ぬことに変わりない。
一年後、酒を飲んで死んでいたい。淡い期待を抱くことで安らいでいるだけだ。とどのつまり逃避である。
ああでも痛いのは嫌だな。
復讐心ではない。遺書……というか、自殺理由と置き手紙に誰かの名前を書くつもりもない。人を呪うつもりもさっぱりない。静かに、安らかに、自分だけを殺させてくれ。
どうか死にたい程度に鬱に酔っていてくれ。
一年後も深紫でいてくれ。好きで身に纏っていてくれ。
そして透明になりたい。透き通る。最終的にクリアになって。好きな透明になりたい。
:あじさい
彼岸花の球根には毒があると知って以来、死体の周りには彼岸花を植えておきたいと思っていた。
青いお前の肌には赤色が映えると思うんだよ。
美しさは必要だ。
花は美しい。そんな美しいもので体調不良を引き起こせるというのが魅力的なんだ。
彼岸花は9月から咲く。あと数ヶ月先だ。
と思っていたが、どうやらあじさいの葉にも毒が含まれているらしい。な〜んだ、6月でも毒を食わせてやれるじゃないか。
花ではなく葉っぱだが、細かいことはいいだろう。確か数年前、しそと間違えてあじさいの葉を食べて食中毒になった、なんてニュースが流れていた気がする。有効じゃないか!
机の上にあじさいを飾って「季節の花はいいですよね」なんて適当に言いながら料理を提供し、あじさいを見せながらしそに似た葉を食わせて体調不良にしてやろうか。
そうだ、好きだったな、ハイドレンジア。だってお前が教えてくれたんじゃないか。洒落たお前にピッタリだと思ったんだ。
正直なところ何でもいい。苦しんでくれたらそれでいい。ロマンスも美学も要らない。でも洒落てる方が良いだろ?点と点が線で繋がる瞬間が楽しいのだ。縁がある方が完璧だろう。