:失われた時間
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言葉の重みが違うのは心臓の密度差の所為さ。
ならば、ならばならばわたくしの心臓がこうも唸っているのですからわたくしのことばには、しんぞうには、みつどがございますか。
重い心臓を抱えて息をしている
私の言葉はには
何か、重みがあるのですか。
あると言えますか。
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いつでも手放せるように
いつでも手を切り落としてしまえるように
もちろん、心残りがないように
それを温もりだと勘違いしないように
大事なものはゆるく握っておくだけ。
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自殺を決める一言なんてありきたりなことだろうし、自殺を決める出来事だってありきたりなことだろう。
日常を生きているだけで。
唯一の温もりが傷口しかないような、そんな癒やしの中で生きてる。
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依存なんてちょっと物騒な言い方をしているだけで、ただとっても大好きなだけよ。何も問題ないんだから、悩みすぎないでよ。じゃなきゃ僕、弱っちゃうよ。
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最初は甘いガムを何度も何度も噛んでいると味がなくなってつまらなくなってしまう。なんでもガムみたいなものだ。好きな曲を何度も何度も聞いているとそのうち最初のときめきを忘れてしまう。絵も、文章も、景色もそうだ。人は慣れる。慣れるからつまらなくなったと言う。
そのくせもう好きでも何でもないのに惰性でガムを噛み続けるのだ。
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優しい感触がする。
しっとりして、水の中を漂っているような。
心地よく眠りに落ちる寸前のような、優しい浮遊感。
暴力的な話はもちろん好きだ。刺激的なものはクセになるからね。
ただ、こうやって、柔らかなクッションに沈むようなしっとりした話も、嫌いではない。というより、元来の性質はそうなのだから。
ああ、懐かしい私を思い出す。
:子供のままで
じゃれつくようなついばむキスをした。くすぐったそうに小さく笑う無垢な顔と、ゆっくりと指を絡めキュッと握る手のチグハグさ。
を、感じた瞬間押し殺そうとした。だってこんな変な感覚はきっと体感しないほうがいい。
なのに、握り返してくる手が堪らなく嬉しいと思ってしまうから、どうしたら良いものか。
自分ではない何かが腹の底から湧き上がり登ってくる感覚がする。きっと今が境目なんだ。大人と子供の境目、動物と人間の境目。
なら、このままでいい。子供のままでいい。純粋で無垢でまっさらなまま、この愛おしさが欲に呑み込まれて消えてしまうことなく綺麗なまま終わりますように。どうかこのまま貴方だけが忘れてしまいますように。
:モンシロチョウ
ひらりひらり柔らかな羽ばたきのぬくもり
知らず知らず夢中で追いかけて
きらりきらり閃く白い羽
指で掴んで渡したい
粉だらけの指先で
ゆるくすべり落ちては踏んづけて
何事もなかったようなふりをして
恐れ知らずの無邪気さ
幼さゆえの驚きを
ふわりふわり微笑む羽ばたきの優しさ
そんなあなたはモンシロチョウ
:初恋の日
しらないせかい、つれていってくれた。
ずっとあたまがいたくて、ずっとめをつむってばかりで、くらくておもいせかいから、まぶしいみちなるくうかんへつれていってくれた。
ふわふわまほうのじゅうたんにのって、みつのようなあまいけむりがじゅうまんして、ぎらぎらかがやくうちゅうへとんで、まーぶる、まーぶる、せかいがはでにいろづいて、うえへしたへみぎへひだりへぜんしんがみょんみょんのびてゆがんでいって、いろんなほうへはじけてひろがる、あたまがじゆうになっていく。
ときのながれがおそくって、べつのくうかんにいるみたい、とけいのはりがぼやけてて、すすまない。ああ! えいえんがここにある! ずっとこのままみをまかせ、いろんなせかいへ、ずっと、ずっと、とばしとばされ。
ほしのなかへとびこんで、カンカンカン、へいこうかんかくなくなって、このさきつづくどこまでも、あるいてあるいてヒュウヒュウヒュウ。からだのかんかくなくなって、うまくうごかなくなって、それがなんだかへんてこで、ここちいい。
あおいつららがつらぬいた。ちかちかひかってしろとんで、すっぱいにおい。しろくなって、ちゃいろくなって、くろくなって、黒くなって、黒く、重く、臭く、頭がかち割れる、胃が回る、喉が熱い、痛い、気持ち悪い。どこか、どこか、どこかへはやく。
てさぐりでさがすはつこいのひ、またしらないせかいへつれていって。
:雫
理解が及ばないものに対する反応は恐怖と美化である。
未知のものに恐怖し、美化というある種の信仰心を抱くことで呑み込み、あたかも“理解している”と自身に錯覚させる。
貴方が恐ろしい。そして美しい。
細い指で顔を覆い隠し項垂れ、指の隙間から垂れ流れ雫となる涙を床に叩きつける貴方が。「大丈夫よ」と体を震わせながら不安定に紡ぐ声と、柔らかく温かな手の平が酷くアンバランスで。
故に私が真の意味で貴方への理解が及ぶことはない。
愛情は必要だ。親しみも柔らかさも。人を理解するためには。理解? これは理解ではなくただのエゴである。
恐怖で突き放した方が依存はなかったかもしれない。美化は……少なくとも、私なりに残しておきたかった愛情の成れの果てだ。