何か、きれいなものを浴びたい。
:過ぎ去った日々
とっくに時間切れなのに「どうしようかな」なんて考えている。間に合うはずもないのに。取り返しがつかないのに。何を今更。
:月夜
お題︰月に願いを より加筆修正
月へ
9月7日
月への階段というものがあるらしい。それを聞いたのは今からもう一年前になる。
この一年、あの一通以外に彼から何の便りもない。譲り受けたこの部屋のたった一つの窓から、まんまるとした黄色い月がこちらを覗いている。もう彼は月への階段を登ったのだろうか。月光の柱を見るたび思う。
月は太陽の光を反射し輝いて見えているだけという。「影を落とさないで」というのは等身大を否定していることと同じだろうか。それでも「どうか影を落とさないで」と、そう願わずにはいられなかった。
■
9月7日
従来の壁が見えないほど本棚が並び、これでもかというほど本や紙で埋め尽くされている。たった一つの窓からは月が顔を覗かせていた。床に積み上げられた本が雪崩を起こし、あちこちに原稿用紙が散らばり、インク臭と紙の匂いが染みているこの部屋。「いかにも書斎といった部屋を作ってみたい」と意気込んでインテリアやレイアウトにこだわっていた数年前。万年筆もインクもタイプライターも照明も本棚も机も椅子もどれも選りすぐりの物ばかりだと誇らしげに言った彼の書斎は、すっかり使い込み慣れた隠れ家だった。
そんな彼の部屋に今日も今日とて入り浸っている。
「ブルームへ行こうと思う」
カタンとペンを置く音が聞こえてきたので顔を上げてみればそんなことを言われた。はて、ブルーム、というのは何だったか。どこかで聞いたことのある響きだと記憶を掻き回す。確か一週間前、暑い暑いと言いながら見た満月はブルームーンといった。
「月?」
そう呟けば彼は眉を寄せてまばたきを繰り返した。
「よく分かったね。難しいだろうと思っていたけれど」
「はぁ、いや、ブルームってブルームーンの略かなぁって」
気の抜けた情けない私の返答が可笑しかったのか、彼はぽかんと口を開け目を見開いた。それから徐々に口角を上げ鼻を鳴らしてから笑った。
「ふ、はは! 月! そう、月だよ。ふふ」
「何がそんなに面白いんですか」
「いやあ、はは、ごめんよ。見抜かれたかと思ったんだが、君はやはり鋭いようでズレているだけだったみたいだ」
「なんだそれ」
ズレていると言われると釈然としなかったが、彼の優しい笑顔に釣られて私も笑った。
「オーストラリア西部にある街だよ」
オーストラリア、南半球にある国。そういえばその国のサンタクロースはサーフィンをしていると聞いたことがある。それでその、オーストラリアにわざわざ。
「三月に出発しようと思ってるよ」
「桜は見ていかなくていいんですか。向こうじゃ秋、紅葉しか見れないですよ」
「そうだね。向こうじゃ季節は逆だ。…………けれどいいんだ。桜なんて見てしまったら……ああ……そうだね、恋しくて堪らなくなってしまいそうだからね」
諦めのような、またそれとは違う何かが彼に影を落とす。言うなればこれは……慈しみだ。
なんのために、なにをしに? 問えなかった。訊けなかった。喉が締まった。声が出なかった。違う、知っていた。本当は分かっていた。
片道切符なんてことは言われなくとも分かっていた。帰ってくる気がないのだ。だから、これはお別れの言葉なのだと。
ポツ、ポツ、ポタタ、雨の音がする。傘、差して、帰らないと。ここから、帰らないといけない。ちらりと視線を向けた小さな窓からは、まんまるとした黄色い月がこちらをのぞき込んでいた。雨なんて降っていない。
「月への階段を登りに行くんだ」
その階段、まさか登るのではなく降りるのではないだろうか。
「そう怯えなくていいんだよ」
彼は私の目元にハンカチを当てながらそう言った。ならばせめて、その微笑み、どうか影を落とさないでほしい。
3月25日
彼から手紙が届いた。あの部屋を譲るという内容だった。それ以外は特に書かれていない。返事を書こうとすぐペンを取って、辞めた。彼は手紙を望んでいないような気がした。
■
8月31日
オーストラリア、ブルームの海より
月への階段というものを聞いてから何年が経とうとしているだろう。私はようやく彼の景色を知ることができるのだ。
夜に溺れたくなる、月夜の海へ入りたくなる理由をなんとなく知っている気がする。広がる夜なら、優しい月なら、母なる海なら、包み込んでくれるのではないか、そんな錯覚がする。
漣に誘い込まれるようにして海に足を踏み入れた。靴の隙間から海水が入り込んでくる。ふわりと浮いた感覚がした。足、ふくらはぎ、膝、太もも、腰、どんどんと海に浸かりながら、このままどこまでも、どこまでも、じゃぼ、じゃぼ、ただ月を目指して。
まんまるなオレンジ色の月が海面でユラりクラりと惑わすように揺れ動いている。
――――あ れ 彼だ 彼がいる 彼がそこにいる。
じゃぼ。
私と同じように、この揺らめく月への階段を一歩、一歩、踏みしめているのだろうか。
ざぶ、ざぶ、じゃぼ、ごぷ。
はやく、はやく、彼がいってしまう。
しゅーーーーーーぅぷぷ……さーーーーーー…………さーーーーーーーー…………ごぽ―――――
月への階段を登りに行くんだ。月への階段をのぼりにいくんだ。月へのかいだんを、月へ――どうか、影を落とさないで。
お題:待ってて
紅茶を飲んで喉を焼いているのです。
あなたの香り、ぶちまけて。
下品にじゃぶじゃぶ、せっかちの味。
ちょうだいね、最後の一滴までも。
泳ぐ茶葉に目、奪われるふりをして
茫然とする。
熱湯で喉を爛れさせているのです。
搾り取らせて、苦味すら知りたい。
注ぐ紅茶に心、奪われるふりをして
虚空見つめる。
浴びるならシャワーより紅茶がいいわ。
そっとミルクも注ぎ込んで。
覚えているの、ふざけているわ。
思い出の紅茶、自傷行為。
お題:どこにも書けないこと
どこにも書けない書きづらいことをここで書いてみようとすると「お前ここで書こうとしてるやんけ矛盾してんなあ?」と早速責められた。この声はどうやったら静かになるだろう。やはり頭を叩いて黙らせるしかないのか。痛いからなるべく叩きたくない。
【自殺至らん】
今日を人生最後の日にしよう。
生きる勇気より首を吊る勇気が欲しい。
これで死ねる、そういう安心感。
124錠
やけに緊張する。手が震える。呼吸が浅くなる。怖いならやめときゃいいのにね。
全然怖くない全然怖くない全然怖くない全然怖くない全然怖くない全然怖くない全然怖くない全然怖くない全然怖くない全然怖くない全然怖くない
全部飲んだ。怖くない。怖くない。これでありとあらゆる不安から逃れられる。大丈夫。
悲しいな。寂しいな。今までありがとう。ありがとう。辛かったし悲しかったこといっぱいあるけどそれなりに幸せだったかも。ありがとう。ありがとう。
もう好きな文章も打てなくなるかもしれない。だから、ありがとう、さようなら。
飲んでから10分だ。体が沈んでいくみたい。重たい。焦点が合わなくなってきたな、眠たいな、頭がどくどく、眠たい。強烈に。さようなら。
目が覚めた。なんで生きてるんだろう。死んだつもりだったのに。馬鹿だなぁ。100錠ちょっとで死ねないことくらい明白なのにどうして気づかなかったんだろう。
もう愛想尽きて見捨てられるかもしれない。見捨てられたくないよ。私にすら愛想尽かされたら、もう
こうやって泣いているのも、オーバードーズするのも、首に縄をかけるのも、パフォーマンスでしかないのか。
なんでこんなに辛いのかな
なんでこんなに逃げ出したい
なんでこんなに鬱になったんだっけ
足が冷えて、頭がじんじん、じわじわ痛みが広がって、呼吸が浅くなって、蹲って丸まりたくなる、吐き気がする、それが、いい作品に出会った症状。自分の気持ちを処理しきれないから、体調不良として、体内で巡っているのだと考えている。
何かに共感しているのだ。これは、共感というより共鳴に近い。私の何かと作品の何かが共鳴し、ぶつかり合い、心という臓器で爆発が起きて、その処理に脳が追いついていないのだ。心なんていう臓器は無いと普段考えているが、このときばかりは心という臓器が存在しているように思える。この涙と、震えと、吐き気は、私の共鳴。
そうだ。私は自分の、言いようもない感覚を書き留めておくのが夢だったのだ。
それでも私は生きることをやめられない。ずっとメモばかりを取っている。
今日は何曜日だろうか。今日は何日だろうか。今は何時だろうか、午前だろうか、午後だろうか。それすら興味が無くなっている。
こんなにも穏やかな死があるだろうか。
死というのもある意味共鳴なのかもしれない。そういう、濃度。死という濃度。
首に縄をかけ藻掻きながらでも私はこうしてメモを取っている。
ふくらはぎが痺れている。少々高さが足りなかったようだ、いいやむしろ丁度いい高さだ。
死が恐ろしくて過呼吸になってきた。今にも戻しそうだ。嘔吐いて、頭が水風船みたい。
私も誰かのヒーローになりたかった。私は弱いからなれなかった。ヒーロー。■■さんの。どうして、私じゃなかったの。
これはいいサンプルだなぁ。気が狂ってないと、縄に首を通そうだなんて、思えないもんな。
首が締まる。嘔吐く。心地いい。気持ちいい。
無理だこんなの馬鹿じゃないのか
寒い、寒いよ、熱い、頭の中が熱い。冷たい、開放されたら、冷たい。足も、手も、頭の中も冷たい。
パフォーマンス、パフォーマンス、狂言、へ、へへへへへへ、何を訴えたいのか。
誰かがノックをしている、縄を結んだほうから、違う、私の心臓の音、怒られるのが怖いな、やっぱり死ぬのは怖いな、わからない、気がついてすらもらえなかったら、今度こそ寂しい
私の根本に巣食う寂しさ、は、どうすれば消えるのだろう。
足音が聞こえる、あの世からの使いか
もういいかな。もう、もう、もう
助けてほしい
助ける?サポート?サポートってなんだ?なんだ?なんだ?私の何をサポートする。
お前は死なない。どうせ死なない。普通に明日を迎えるだろう。
自殺しそうなほど苦しんでるんですよって、それで気がついてもらって?どうするの?サポート?サポート?サポートしてほしいの?どんな?サポート?サポート?サポート?
口が乾いてきた、首が痛くなってきた、死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、どうしよう、死ねない、死ねない、死ねない
気づいてくれたら、気にかけてくれる
気にかけてくれるってことは、愛してくれる
だよね、ちがうか、そんなわけない
怒られたくないな
パフォーマンス、狂言、試し行動、幼稚な、
死ぬ気なんてないよ?当たり前だろ。じゃなきゃこんなものノコノコ書いてねぇよ。本気で死ぬと思ってんのか?
泣いてほしい、抱きしめてほしい、それで、
それで?それで、愛されたい。
小さな頃の私をほったらかさないで
救って、ちゃんと面倒見てあげて、可哀想だよ
自分を引きずり出すためには、やはり、ギリギリまで追い詰めて白状させないといけないのだ。それが、自死という可能性にかけてみたら、あたった。ようやく、本音を
せっかくここまで来たんだ。最後までやってみないと、分からないだろう?
生きる希望も、生きる意味も、何もない。素敵なこと、なにもない。辛いばかり、つらいばかり、つらいばかり、つらい
うでがはれているようだ。
頭がジリジリする。耳が冷えていく。苦しくないよ、幸せ、幸せ、幸福への第一歩、しあわせ、しあわせ、しあわせ、しあわせしあわせらしあわせしあわせしあわせ、しあわせしあわせ
そっか、死にたいんだね。じゃあ死ねばいいと思うよ。そういわれたら、どうしようかな、考えてなかった。考えてたけど、いざ言われたらと思うと、底冷えする。
これは、私を知るための行動
死は、本当に救済だろうか。
いちごが、食べたいなぁ
泣くという行為は、ストレスの抑制反応と、仲間に知らせるためだという。私は、そうまでして、
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
幼い私がただ泣いているだけだった。優しく背中を撫でてほしかっただけなんだ。
気づいてほしい、抱きしめてほしい、ただそれだけ。どうしたのって、きいて、大きな愛情で包み込んでほしい。
どうして、いつまでたっても、わたしだけ、成長できないままなんだろう。もう誰のことも、憎んでないのに。もう誰も、怖くないのに。
声が聞こえる。恐ろしい声。違うこれは幻聴だ、私の脳内で聞こえている。私の安全圏を脅かすあの恐ろしい声だ。違うこれは現実ではない。ごめんなさい、ごめんなさい話を聞いて違うの、違うの、ごめんなさい、ごめんなさい、悪かったから、だから、いやだ、いやだ、いやだ、なんで、なんで、なんで
吐いた。涎とゲロでベトベトだ。
結局生きてる。饐えた臭がする。
リアリティって何だと思う?
ノンフィクションとフィクションの違いや差は文章のどこからはみ出しているだろう。
私はこれを書きながらこの文章が現実か妄想かを確かめている。