お題:夜明け前
夜明け前、無名だった。
気づかれたくない。放っておいて。塞ぎ込みたい。何も知りたくない。隠してほしかった。覆い被さってほしかった。だから夜が好きだった。怖いものから守ってくれる。だから夜明けが怖かった。暗闇が守ってくれなくなるから。
いつものブランケットにくるまって、いつもの匂いを嗅ぎながら、暗闇の中で怖いものから隠れていた。夜明けが嫌いだ。安心から遠ざけようとする。夜明けが嫌いだ。ブランケットを引き剥がそうとする。夜明けなんて来なければいい。夜明けなんて大嫌いだ。いつもいつもいつもいつもいつも押しつぶしてくる。夜明けが僕のことを嫌いだから僕も夜明けが大嫌い。
「ほら」
ブランケットの中に手が突っ込まれ、腕を掴まれ、引っ張りだされた日のことをよく覚えている。嫌だ嫌だと駄々をこねた。それはもう激しく駄々をこねた。「嫌だ絶対行かないブランケット返して」と喚く私を望みの通りほったらかして外へ引っ張って行った。
息が白くなる寒い日のことだった。
促されるまま顔を上げた。
ぼんやりと光芒をなぞる。
その先、黄金に煌めく太陽があった。
ちか、ちか、きらりきら。
東の彼方から広がる淡い金のベール。
輝く星々を覆い隠し、月を脱色し
朝は黒へと射し込んで
紺へ、紫へ、青へ、空色へと薄めてゆく。
夜明けだ。大嫌いな、僕を連れ去る。夜明け。
震える指を抱きしめた。
夜明け前、私は何も無かった。
お題:喪失感
泣きたかったわけじゃない。
留まってほしかったわけでもない。
引き止めてほしかったわけでもない。
連れてってほしかったわけでもない。
攫いたかったわけでもない。
花で埋めたかったわけじゃない。
洗い擦っても取れない掴み掴まれたその太さ。
服に縋って嗚咽する。
お前の匂いを知っていた。
お前の重さを知っていた。
お前の味を知っていた。
立ち尽くしては零れ落ちてく。
お題:世界に一つだけ
口にするだけは簡単。
一般人に証明は不可。
「必ず絶対」は困難。
世界規模の割に陳腐。
お題:胸の鼓動
「心臓をちょうだい」
「まだですか」
天井を見上げているのももう飽きた。
「まだですよ」
肉を切り開くこの瞬間に胸が高鳴る。
「あのう」
注意を引くため垂れている髪を引っ張ろうと手を伸ばす。なんだか少し動くのが怖い。
「ああ! 動かないでください」
「まだ終わりませんか」
「あなたの臓器までもを知らないと、気がすまないのです」
「……そうですか」
目を爛々と輝かせて言われてしまっては、引き下がる他ありません。
あなたのすべてが知りたいのです、あなたの胸の奥の鼓動までもを見なければ気がすまないのです、あなたのすべてが知りたいのですあなたのすべてが知りたいのです
「あなたのすべてが知りたい!」
ドクン、ドクン、揺れて見えるのは
あなたの心臓か、私の目眩か。
わたくし、内臓よりも手に触れたいです。
あなたの胸に耳を当てあなたの鼓動が聞きたいです。
「鼓動をちょうだい」
お題:踊るように
風の隙間 折れたカードを配るよ
宛がないこと 言われなくたって今更
踊るように 跳ねるように 震える文字で潰すよ
そうだねって涙して ライトを消して
寝たふりして 頭塞いで 知らぬ顔してカーテン下ろすの
きっと忘れる きっと嵩張る だから捨てちゃっといてね