お題︰日差し
「あっづい……こんなクソ暑い中歩いてられっか」
悪態をついたとて日陰が現れるわけもなく、ただ延々と伸び続ける道をひたすら歩かなければならない。日光を反射する砂道と原っぱが目に痛い。通り過ぎていく自転車のタイヤがジャリジャリと砂を擦っていく音はどこか緩慢に聞こえるし、葉擦れの音だって妙にじっとりして聞こえる。空気すら汗をかいていそうだ。
「はー……空気は汗かかん、何考えてんだろ」
どうやらバカみたいに暑い日差しのせいで脳がやられているらしい。取り留めのないことばかりだらだら考えてしまう。日傘が欲しい、水分が欲しい、グラギラする、確実に熱中症だ。
夏の田舎はいい、なんてのはイメージで、軽く涼めるような場所が道端にない地獄だ。家にたどり着くまでずっとこの暑さに晒されなければならない。いや、いや、それもこれも日傘を忘れた不運を恨むべし、なのだろう。
「だめだ、あちぃ」
しゃがみこんでしまいたくなるのを我慢して次の電柱まで歩く、そしてさらに次の電柱まで歩く、を繰り返す。
丁度中間地点に当たる木造の建物が見えてきた。今はもう閉店しているが昔そこは駄菓子屋だった。よく折るタイプのアイスを買って食べていたのを覚えている。あれ、確か呼び方が地域によって違うらしい。チューチュー、チューペット、ポッキンアイス等々。
「懐かしいなぁ」
友達とはんぶんこして、ふざけ合いながらまた帰路を辿って。随分昔のことだ、時折懐かしくて泣いてしまいたくなるほど昔。
そう思った途端「やはり帰ってきてよかった」という感情がふっと湧いて出てきた。勢いのまま家を飛び出して、二度とこんなところ帰ってくるもんかとろくに帰りもせず……そうだ、過去の自分すらここに見捨ててきてしまった。そういう表現が正しい気がする。
駄菓子屋のベンチで一休みしたらもう一度歩こう。相変わらず鬱陶しいほど周りの音はじっとりして聞こえるし、バカみたいに晴れていて日差しはキツイ。だが不思議と嫌じゃなくなっていた。
お題︰窓越しに見えるのは
窓越しに見えるのは暗闇と水滴とそれらを照らす街頭とつまんなそうな顔。
「みんな消えてしまえばいいのにね」
オレンジの光が黒目を輝かせている。
言葉と瞳が不釣り合いで、それが妙に魅力的に見えた。
キラキラ、彼女の黒目は輝いている。
「この水滴も蒸発して消えて無くなる」
窓越しに視線をこちらに向けた彼女は続けて言った。
「時折、その前に舐め取ってしまいたくなるの」
確かに、その眼球は舐めてしまいたくなる。
「涙は塩の味がするというけど甘いときもあるそうよ」
このとき初めて返事をした。
「甘いときはどんなときか」
「優しい感情は甘い味ね」
「悲しいは優しい感情と言えるか」
このとき初めて直接目があった。
「あら、知ってるじゃない。嬉しいが優しい感情と納得できるなら、悲しいも優しい感情と納得できるはずよ」
返事はできなかった。
彼女はどこか嬉しそうな顔をして窓へと視線を戻した。
「貴方の涙はどんな味?」
甘い味がする。
「みんな消えてしまえばいいのにね」
窓越しに誰かの影を見ている。
彼女は笑った。
お題︰夏
強い日差しに濃い青空、覆い被さる入道雲
蒸し暑い風に夏生い茂る草木、煌めく水
夏のすべて、僕のことも攫ってしまえ!
お題︰君と最後に会った日
君と最後に会った日、私は眠っていた。
僕は一人、ずっと待っていた。
君に寄り添い眠り待っていた。
君は「もう大丈夫だね」とあやすように言った。
「大丈夫じゃない」
声をかけても僕は返事をしなかった。
「もう大丈夫だね」
私にそう言い聞かせている。
夢の中で目が覚めるのを待っていた。
君と最後に会った日、私は眠っていた。
私に寄り添い終わった僕は違う夢を彷徨っている。
「もう大丈夫だね」
真実は関係ない。噛み合う噛み合わないも関係ない。
ただ会って、言い聞かせることが目的だと
疾うの昔に私は知っていた。
お題︰子供の頃は
ずーっと子供ですから「子供の頃は」なんて懐かしむものありませんよ。「子供の頃はああだったなぁ」「そりゃ子供の頃はね」なんて、まるで「大人になった」と言っているみたいで言えません。自信がないですから。ただ年だけを重ねた。子供のまま。現在進行系、子供。