#やるせない気持ち
山間の田舎、国立大学があるおかげでかろうじて就職前の若者ならいる町。とはいえ夏休みの今は皆帰省しているのか、あるいは旅行に行っているのか、普段なら盛況だと記憶している金曜の居酒屋も人が少ない。料理や飲み物を持ってあくせく動いているのはパートのおばさんか、どこか諦めた顔をした若者だ。きっとこの町出身なのだろう。帰省する先はないし、遊びに行く相手もいない。暇つぶしに働いている、と言ったところか。若者は失礼します、と身に覚えのある表情で座敷に上がり、カプレーゼ—それはデザートじゃないだろとツッコまれながら私が頼んだ料理—を運んできてくれた。
「あぁ……なんで彼氏できないんだろう」
佳澄はカプレーゼをつつきながらため息をついた。私は何も言えずに曖昧な笑みを浮かべてジャスミンティーを飲む。恋愛は私に向ける話題としては一番不毛な部類なのだけれど、お酒が入った佳澄はそのことを忘れているらしい。
「夕実乃はどうなの?なんかそういう話ないの?」
「ないかな。そもそも家から出ないし……。でも本当に不思議。佳澄、彼氏いそうなのに」
「よく言われる。彼氏いない歴イコール年齢なんだって」
そう言って佳澄はグラスを煽った。本日3杯目の白ワインーアルコールとしては5杯目ーが空になる。下戸な私とは異なり酒豪な佳澄だが、食事が始まってまだ1時間も経っていない。流石に飲み過ぎではなかろうか、と思ったが口には出さなかった。
佳澄と私の関係は大学時代まで遡る。出会ったのは地元の大学のゼミで、同時期にイギリスに留学した際に仲良くなった。いや、仲良くなったというよりは佳澄が仲良くしてくれたと言う方が正しい。国内だろうと国外だろうと、別に望んだわけではないのに気がついたら独りで過ごしている私は、ゼミでも学生の輪からやや離れた、一匹狼のようなポジションでいたのだが、留学中は佳澄が友達の輪に私を入れてくれた。おかげで無事に乗り切れた場面も多く、ゆえに私は佳澄に心の底から感謝を捧げている。
だから、「お盆とは少しずれてるけど、予定が合えば久しぶりに帰省するから会わない?」という連絡が来た時は二つ返事で了承した。恩人、佳澄からの誘いを断るわけがないし、現実問題としてもリモートワークフレックスタイム制の私が、予定を合わせられないわけがないので。朝7時から仕事をすれば16時には上がれるのだから、ディナーに遅れるわけがない。まぁ、素敵なディナーができる店なんてないので、行き先は学生の時と変わらず居酒屋だが。
「出会いが欲しい」
「この山ばかりの地元でそれならわかるけど、佳澄は都会で働いてるんだし、遊びにだって出かけるし……出会う環境はあるでしょ?」
「それはそうなんだけどさぁ」
「そうなんだけど……どうしたの?」
私は首を傾げてみせた。あくまでも軽やかに、深刻にはならないように。とはいえ、話を逸らされないように口調と仕草に気をつける。輪切りにされたトマトからモッツァレラチーズが滑り落ちた。あぁ、もう。
卒業後、東京都内の会社に就職した佳澄は盆も正月も地元に帰ってこなかった。某SNSでの様子を見る限り、イベントにライブにバンド活動に、と休日も忙しい日々を送っているようだったのでさもありなん、暇がないのだろう。趣味に全力の明るいオタク、それが佳澄であるので帰省しないこと自体は気にしていなかった。逆に今年、社会人4年目の今年、最盛期は過ぎたとは言えまだまだイベントやフェスの多い8月中に地元に帰ってきた佳澄が気になった。
「……別にね、仲良くはなれるの。でも、友達止まりというか、異性だと思ってもらえてないというか」
「そう?こんなにかわいいのに?」
思わず私は食い気味に言った。佳澄はかわいい、と思う。私が友達全員をかわいいと思っているタイプの人間なので、友達フィルターがバチバチにかかっているのは否めないが、それでも佳澄はかわいい、と思う。色白の肌、明るめの髪色、少し柴犬っぽさのある三角形に近い形の目、いつもニコニコと笑っているかのような口元、柔らかな丸い輪郭。いつまでも見ていられる愛嬌のある佳澄のかわいさは、唯一無二だと私は思っている。
「別にかわいくはないよ。やっぱりあれかな、長女かつ下が弟ばっかりだとそうなるのかな。甘え下手だし、可愛げはないし、下手に男子側の話題がわかっちゃうから」
「さぁ、一人っ子にはなんとも……。でも、佳澄がかわいいのは確かだよ。自然体っぽく見せてるけどファッションだって気を使ってるし、アクセサリーだってセンス良いし、声とか雰囲気もかわいいのに。ぱっと見でわかるくらい人の良さ、性格の良さ、美的センスの良さが滲み出てるもん」
「そんな言うの、夕実乃だけだよ」
「そうなの?魅力の塊なのに?」
私はファッションに疎いので詳しいことはよくわからないが、佳澄の服装は佳澄に合っていてかわいい、と思う。なんと言ったら良いのかわからないが、とにかく佳澄らしいのだ。モスグリーンに小花が散るシフォンのワンピースも、耳にぶら下がる雫型のピアスも、手首の銀色のバングルも。座敷に入るまではラフなグラディエーターサンダルからのぞいていたペディキュア、手元を彩るネイルチップ、手羽先を食べる時に髪を縛っていた飾り付きのヘアゴム……どれもが佳澄と調和して、愛らしい。無理な背伸びもなければ、身をやつしているわけでもない。自分にぴったりな服を選ぶのに長けているな、といつも思う。
「みんなが夕実乃みたいに思ってくれればいいんだけどね。っていうか、夕実乃こそ都会に出ればいいのに。磨けばすぐ彼氏できると思うよ」
「いや、求めてないし……」
「まぁ、そうだろうけどさ。私なんて見た目は並みオブ並みな人間だから、中身で勝負ってなるけど、中身で勝負になると恋愛枠に入れてもらえなくなるというか」
「うーん、なんでだ?」
「わからない。趣味の合う人が良いからって趣味から関係に入るのが良くないのかな。友達になっちゃって」
「趣味、割と定番だと思し、それ以外って社内恋愛でもない限り思いつかないんだけど」
「社内恋愛は嫌だ、面倒くさいし。それに前に話したと思うけど、高校の時とかも同じバンド内で付き合って関係悪くしたらどうしようとか思っちゃって結局一歩踏み出せなかった人間だから、社内恋愛はできない。無理だもん、破局した後のことを考えると」
「それはそうか……?いや、会社の人に直に会うことほぼないからあんまりイメージが湧かなくて」
「リモートならいいかもね。……って、この山の中からじゃ他県になるだろうから、実現したらネット恋愛にならない?そうそう会えないでしょ、リアルで」
「多分。ほぼネット恋愛だね」
「うわぁ……それを社内恋愛と称するのはやるせない気持ちになるわ。社内じゃないじゃん」
「そうね……。物理的には社内じゃないけど、VPN繋ぐとネットワーク的に社内だからバーチャル社内、みたいな」
同じ建物にいるわけではないが、VPNを使えば社内のネットワーク、会社の社屋にいる時と同様のネットワークになるわけで、それは社内と言えるのか、否か。言い換えるならVPNを繋いだパソコンがある自室はオフィスと言えるのか、否か。
(いや、社内恋愛の社内って人に対してかかってるよな?)
そんな考えが頭をよぎるが、口にしない。相手はほろ酔いだ。真面目な返しをし求められているわけではないだろう。やっとのことでモッツァレラチーズをトマトに乗せ直すことに成功し、急いで口に入れる。もう一度滑り落ちられても困るので。
「バーチャル社内……せめてバーチャルリアリティ使ってからにしよう?」
「VRかぁ、あれ酔うんだよね。長時間やるものじゃないし、結局アバターだし」
「そうだよね。相手の顔は見えないわけで……でもバーチャル社内で恋愛したら教えて」
「いやいや、だから、しないって」
「わからないじゃない」
「わからないのは佳澄の方だよ。人付き合い上手いし、別に極端に男性が少ない趣味でもないし、なにより可愛いし、案外これから良い人ができてゴールインするかもよ?」
「無理無理。可愛くも可愛げもないもん」
「言ってもまだ26歳だし、佳澄は求めてるんだし」
「無理だよ……求めててこれなんだから……そろそろアラサーなのに」
そう否定する佳澄に、やるせない気持ちが湧いてくる。
(なんでかなぁ……)
佳澄、かわいいのに。付き合って損する相手じゃないのに。私のように引きこもり同然で人目に触れていないというわけじゃないのだから、世間の男の目は節穴なのだろうか。それとも、佳澄に相応しい人がまだ現れていないのか。わからない。わからないし、私が助太刀できる問題でもない。何せ彼氏を欲しいと思ったことがないし、友達も知り合いも少ないので。
私はグラスを口元まで掲げて、佳澄にはわからぬようため息をつく。ジャスミンティーを飲み干した。どうにもできないやるせなさで、爽やかなはずのお茶の味は苦く感じた。
#鏡
(この世に鏡なんてなければよかったのに)
洗面所で毎朝そう思う。鏡がなければ、自分の姿が見えなければ、人々は—特に女の子は—こんなに苦しむことはなかったのに。そう、娘が苦しむ姿を見て思う。
「……なんでママに似なかったんだろう」
それが中学2年生の娘の口癖だ。前々から鏡をじーっと見ていたが、この夏休みに入ってからはその行動がより酷くなった。暇さえあればずっと洗面台の前にいて、鏡で自分の顔を見続けている。
確かに娘は父親似で、それでも私からみれば可愛いのだけれど、客観的に描写するなら目は奥二重だし、眉の長さが短くて麻呂眉っぽいし、鼻が少し幅広だし、口は小さめで、丸顔で、背も低めだが、だからと言って悲観するほどの顔でもスタイルでもないし、そもそも人生、容姿で悲観する必要は特にない。気にすべきは表情であり、身だしなみであり、所作振る舞いであり、教養であり……とりあえず言いたいこととしては、顔の造りやスタイルではない。
そう言い聞かせ続けているのだが、娘には「ママは生まれつき美人だからわからないよ」と言われてしまい、ここ最近はもう黙るしかない。娘が言うには二重の大きな目、長いまつ毛、形の良い左右対称の眉、鼻は特別高くも低くもなく顔の中心にあれど主張せず、唇は程よい厚みで口は大きすぎず、顎は小さすぎず丸身を帯びていて卵形の輪郭というのを私の顔は兼ね備えており、それは美人の顔なのだと言う。顔面偏差値アプリだってS評価だと証拠のようにスマホの画面を見せてくる。そして背も平均より高く、ほぼ8頭身で、足の長さは身体の約47%と長いし、腕もそれに比例して長い、しっかりした肩とくびれのあるウエストの対比ゆえにエックス型の女性らしい体型でスタイルだって良い、と何やら私の身体をメジャーで測りながら主張していた。
「でもね、小雪ちゃん」
私は諦めつつ声をかけた。娘が洗面所に立ち続けて2時間が経つ。別に洗面所に用があるわけではないので邪魔ではないのだが、さすがに病的だ。
「私だって肌の色が浅黒く年中小麦色で、それが昔はコンプレックスだった。でも、陽菜乃ちゃんと同じくらいの歳の頃に、小麦色の肌だって健康的で素敵だと思うようになった。そもそも肌なんて歳を取れば黒ずみ、シワシワになり、シミが湧いてくるものだしね。こだわったところで仕方がないって思うようになったのよ。ありのままの自分で満足するようになったの。とはいえ、小雪ちゃんが色白に生まれた時はよかったなって思ったけど。何色の服を着せても似合うし」
「そりゃ、肌はパパに似て良かったかなって思った。でも、そのプラスをマイナスにするくらいそれ以外の要素が嫌い」
「小雪ちゃん、どうせ見た目は衰えるのよ。最終的にはどうでも良くなるの」
肌はともかく容姿全体、どんなに美人に生まれたとしても歳を取ればおばあさんにはなるし、どんなにスタイルが良くても歳を取れば縮むのだから、こだわったところでどうしようもない、と私が思うようになったのは娘に言ったように中学生の頃だった。確か女優のマギー・スミスの若い時を見た時に思ったのだったか。若い時は美人でも、歳を取ればどうしたってバランスは崩れる。肌はシワシワに、目は落ち凹むか飛び出るか、口元は間延びするし、輪郭だって変わる。それでも総合力があれば「美しい」のだと思った。
だから私は、人を見るときも容姿は気にしなくなった。どうせ生きている限り、容姿は移り変わるものなのだ。だから、文学という趣味が合い、会話を楽しめる夫を選んだ。初めて写真を見せたとき、両親には「……へぇ」と言われた。夫はイケメンとは言えない、背も高くない、と言うか私の方が高いので男性にしてはかなり低い。男性平均より10cmは低い。職業が医者でなければ、両親からはもっと酷い反応をされただろう。
それでも、いくら本を買っても怒らない、同人活動に参加するのを茶化さない、旅行の際に作家の聖地巡礼を組み込んでも嫌がらない人、というのを条件にして選んだ夫は私にとっては最高の人だ。夫婦で読書会ができるし、新刊のために書いた一次創作小説の原稿も楽しそうに読んでくれるし、頼めば本棚を増設してくれるし、旅行で観光地でもなんでもない場所に立ち寄るのも許してくれる、というか夫も乗り気でついてきてくれる。娘に対してだって、忙しくても一日一回は何かしら会話しようとしてくれるし、学校行事にはなんとか都合をつけて出てきてくれるのだから良い父親のはずなのだ—見た目を受け継いだと言う一点を除いては。
「はぁ……ママは本当にわかってない。歳をとった時のことは考えてないの。大事なのはこれから謳歌する青春、若者でいられる期間においてなの」
「仮に私が美人だとしても、若い頃に特に恩恵なんてなかったけれど……ノリの良い明るい子たちの方が断然楽しんでいたわ」
「違うの、生物として一番美しくいられる期間を目一杯、自分のために楽しみたいのに見た目のせいで楽しめないの」
「そこがよくわからないのよ。別に好きな格好をして好きな場所に行けば良いじゃない。美しさが何に影響するの?鏡を見る時間を好きなことをする時間に使いなさいよ、メイクしているわけでもないんだし」
私たちは一般人である。別に娘も芸能人になりたいと主張してきたことはない。だとしたらなぜ、美しい容姿が必要なのだろう。芸能人のような容姿が評価に加わる仕事が夢というのならまだしも。そもそも大人になればメイクでいくらでも化けられるし、娘が望むなら成人後に目を二重にするくらいなら止めはしない。眼瞼下垂症の治療のようなものだ。目がぱっちり開いた方が気持ちだけでも世界が見えやすくなるというのなら安い物だと思う。
だが、娘は「天然の美人」にこだわるらしい。可愛くはなりたい、美人にはなりたい、けれど、誤魔化したくはない。本人曰くナチュラルメイク以上のメイクや、整形、厚底ブーツ、写真の加工も誤魔化しなのだと言う。雰囲気可愛いや雰囲気美人も嫌いだと言う。娘の詐欺メイクや整形、カメラのフィルターや加工アプリに向ける視線は厳しい。それらは本物の美人ではない。不自然だ。人工物だ。
「生まれながらの美人、素材からして美人であることにこそ価値があるの!」
そう言って、鏡を見てはため息を吐く。こんな生活を夏休みに入ってずっと繰り返している。自分は美人ではない。顔面偏差値アプリではどうやってもBより上にはならないし、いくらまだ成長期と言ってももうあまり背も伸びないの身体における足の長さは46%になるかどうかといったところで7頭身がやっとだし……とぶつくさ言い続けている。
(どうしたらこの状況を打開できるのだろう)
娘には私の言葉が届かない。なぜなら私は娘にとって美人だから。かと言って、夫にはさすがに言えない。娘も、夫がいる日にずーっと鏡の前に立ち続けることはない。親族間の笑い話として「パパ似なのが嫌だ」みたいに言いはするが、それはあくまでも笑い話の文脈であって、さすがの娘も「心の底からパパ似なのが嫌で仕方がありません」という姿を本人に見せるのは悪いと思うのだろう。
そもそも娘は夫の素晴らしい頭脳を受け継いでいて、その点には感謝しているはずなのだ。別に私かて偏差値60の高校および大学の出身なのだから、仮に私の頭脳を受け継いだからと言って一般的には頭が悪いことにはならないけれど、偏差値68かつ理数系に強い頭脳を受け継いだ方が学業上は楽だ。娘はその頭脳を受け継いでいるにも関わらず、容姿に過度に執着している点が本当によくわからないのだけれど。なぜこの一点だけ、物分かりが良くないのだろうか。
(ねぇ、鏡よ、鏡さん)
私はほとほと困って、鏡に向かって心の中で呼びかける。
(世界で一番じゃなくてもいいから、娘に美人だって、生まれながらに美人だって言ってあげてよ)
#雪
ホワイトクリスマスを喜び、粉雪に染められたいと歌い、チョコレートに雪のような口溶けを求める。雪を儚いもののように思い、雪に憧れた歌や商品があったあの頃は温暖だったなと思う。雪が滅多に降らない、降ってもちらつくか、積もって数センチメートル程度の頃。その程度の雪で済むなら確かにロマンティックだ。雪は生活の彩りだっただろう。
しかし今では雪は忌々しい存在でしかない。今日も今日とて堆く降り積もった雪が一階の窓を埋めていた。カーテンの向こう側は真っ白で、目を凝らせば氷の粒が見えた。室内灯を反射してキラキラと寒々しく光る。
「昼か夜かすらわからないね」
ベッドからのそのそと起き上がった老婆は苦笑いして、二十四時間表記の時計を見た。表示は【08:46】、朝の八時四十六分らしい。トイレを済ませると、喉が渇いたなとキッチンに移動して、電気ケトルに水を入れてお湯を沸かす。冷凍しておいた食パンをオーブントースターに放り込んだ。トーストメニューを選択してグリンッとつまみを回す。ふわぁ、とあくびをしながらテレビをつけた。どうでも良い情報番組が流れるのを聞き流す。
ここ数年、灼熱の夏が終わり、少し涼しい風が吹いたと思ったら冷え込み始め、さっさと冬将軍がやって来るようになった。特に今年は到着が早い。まったく、冬将軍はどんな駿馬に乗り換えたのだろうか。そして駿馬は駿馬でスタミナが無さすぎる。いつまで日本上空で足休めするつもりなのだろう。
毎日毎日【災害級の積雪に注意!】と天気予報で呼びかけられ、天気図には地図に対して垂直線のような等圧線が書かれている。いつになったらこの直線が歪むのかは定かではない。
それでも行政の除雪車が道を開き、足腰の立つ者たちが雪下ろしや雪かきをして、国全体としてはなんとか日常生活を保っている。
とはいえ、そうはいかない場合もある。その大半は独居の老人で、彼らは短い秋のうちに食料をたんまり家に溜め込んで、冬場は諦めて引きこもる。まるで冬眠するかのように、雪が溶けるまで家で過ごすのだ。
今の老人は幸いにも21世紀育ち、デジタルネイティブ世代なので、引き篭もり生活も割と快適に思っている人々が多い。大病でない限りオンライン診療でどうにかなるし、薬や軽量の食品、日用品ならネットで注文すればドローンで配達してもらえる。リアルで人に会わないだけで、生活自体は維持できるのだ。
尚、これが耐えられない老人どもは子供、孫世代に頼み込んで同居してもらうか、老人ホームに入るか、九州以南に引っ越している。それができない場合は家の中でポックリと死ぬのだ。
テレビでは冬ごもり中の老人の孤独死が特集が始まる。
「私はいつお迎えが来るかねぇ」
ぽそりと老婆は言った。老婆には子供がいない。いや、まず結婚すらしたことがない。キャリアウーマンとしてバリバリと働いて、貯めたお金で一軒家を建てて、優雅に独身貴族を楽しんでいる。退職して何年も経つが、未だ頭はしっかりとしていて、持病らしい持病もなく、日々の生活に支障はないから、老人ホームに入る理由はない。さほど外出が好きなわけでもないので、南の土地でホテル暮らしをするくらいなら住み慣れた家にこもる方が良い。老婆にとって今の生活が最善なのだが、一つだけ心配するのは冬の間に人知れず死んでしまわないか、ということだ。
「春先が良いんだけど」
老婆は桜のティーカップに紅茶を淹れる。誰にも看取られずに死ぬこと自体は構わないが、いかんせんこの家は暖房を入れっぱなしにしているので室内は常に暖かく、冬に死んだら見つかる頃には確実に腐乱死体となっているだろう。いや、肉は分解し尽くされて白骨化しているかもしれない。そうなると、後片付けをしなくてはならない役所の人たちが不憫だ。非常に申し訳ない。
「雪に埋もれて死んだ方が良いかねぇ、なんて」
雪の中で凍って死ぬなら腐りはしない。その方が片付ける人には迷惑ではないかもしれない。問題は、実現するには自殺行為が必要になるということだが。
「やっぱり春まで元気でいるしかないかね」
チンッとトーストが焼き上がる。老婆はバターと蜂蜜をたっぷり塗ると、大口でサクリと齧った。