たくさんの想い出
人間の記憶力というものには限界がある。そこで開発されたのが記憶保管マシン『BOOK』だった。名前の通り、記憶をそのまま一冊の本に抽出する機械だ。
僕の部屋の本棚にも多くのBOOKが並んでいる。「夏休み」や「クリスマス」、「初恋」なんてのもある。こうすれば忘れることはないし、むしろ忘れてしまいたい記憶は捨ててしまえば良い。
ところで——今更知る術などないのだけれど——年代順に並べられたBOOKのうち高校二年生の夏から冬の時期がすっぽりと抜けているのだが、僕に一体何があったのだろう。
冬になったら
冬になったら——。
楽しそうに話していた彼女は、もういない。
ありふれた病だった。病床に伏せ弱りゆく君は、それでも僕に「やりたいことリスト」を書いて聞かせてくれた。退院したら、どれだけ時間がかかっても、必ず叶えようと僕らは約束した。
まずは家に帰ったら。
次の休日は。
その次は。
春になったら。
夏になったら。
秋になったら。
冬になったら。
結局、何一つ叶えられないまま、君は眠ってしまった。僕と、二人の約束を残して。
君がいなくなって八日目の夜。
僕は君が書いた「やりたい事リスト」を開いた。彼女の願いを、一人ででも叶えてやろうと思ったのだ。
まずは家に帰ったら、あるだけのお菓子とお酒を並べて乾杯をしたい。
家にはお菓子やお酒はおろか、食べ物なんてほとんど何もなかった。そういえば一週間以上買い物にも行っていない。
次の休日、その次は、は今度の週末に、僕はページを一枚ずつ捲っていく。
冬になったら、二人でイルミネーションを見たい。
財布と鍵をポケットに入れてコートを羽織り外へ出る。時刻は午後十時過ぎ。まだきっと間に合うはずだ。僕は駅へと走って、二人分の切符を買って、約束の場所へ向かう。いくつかの止まりを繰り返し、電車を降りて改札を抜けたらすぐに、大きなクリスマスツリーが飾られていた。街路樹にも煌びやかな装飾が施され、背の高い建物に囲まれた夜空を照らしていた。
と、全ての灯りがふっと消えた。
もっと早くに来られたらよかったと、
「今年の冬は、寒いな」
僕はただ君がいないことを寂しく思う。