【サンタクロースの存在証明】
クリスマスイブ。
冷え込んだ街は、妙にカップルが多い。
ショーウィンドウを眺めるカップル、
記念写真を撮るカップル、
楽しそうに話しながら、時折笑顔を零すカップル。
家族連れも多いみたいで、小さい子供が両親の手をぎゅっと握って、まだ小さい足でとことこ歩いている。
それに対して、俺は一人だ。
マフラーも手袋も着けずに一人で街を歩いている。
誰かとすれ違う度に、恥ずかしくてたまらない。
楽しそうに話すカップルとすれ違うと、自分が一人で歩いているのが惨めに思えてくる。
俺は、独りだ。寒い。手を擦り合わせる。
「サンタさんにプレゼントおねがいしたぁ!」
前を歩く子供が両親に話している。
「何をお願いしたの?」
「パンダのぬいぐるみぃ!」
いいなあ、と思った。
いいなあ、プレゼントが貰えて。
大人は貰えないんだから。
というか、サンタクロースの存在を信じて疑わないのが子供らしい。
いや、子供にとってのサンタクロースは両親か。
子供にとっては、存在しているのだ。
家に着いてポストに手を突っ込むと、何かが入っているのに気づいた。
見てみると、不在票。
差出人は、母さんからだった。
もう3年くらい会ってない。
今年の盆は、顔くらい見せようと思ったのだけど、夏風邪でダウンしてしまい、結局帰省しなかった。
何だろう、いきなり。
翌日。クリスマス当日。
俺は宅配便の再配達を依頼し、荷物を受け取った。
少し小さめの段ボールをそっと開けると、中には青いマフラーと紺色の手袋が入っていた。
俺はそれらをゆっくりと手にとった。
ふわふわしている。
そして、マフラーの下にはメッセージカードが入っていた。
クリスマスプレゼントです
体調に気をつけて
俺は再びマフラーと手袋に目線を戻した。
少しだけ高級そうな手袋。
地元のデパートで買ってくれたのだろう。
マフラーは、きっと母さんお手製だ。
母さんは昔から編み物が得意だった。
ああ、なんかあったかい。
俺はそれらを大切に抱きしめた。
しばらく見なかった感情が底から沸き上がる。
サンタクロースは、こんな俺にもいるんだ。
俺はマフラーと手袋を着けて外に出た。
ちょっとそこのコンビニまで、ホットコーヒーを買いに行くつもりだ。
自動販売機じゃ、距離が近すぎる。
だって、この温かみを長く感じられないじゃないか。
【初雪】
「お母さーん、今日って雪降ると思うー?」
私は窓に顔をくっつけて、外の様子をまじまじと見た。
「ここは岡山だからねー、
降るかどうか分かんないよ」
お母さんはキッチンで朝ごはんを作りながら答えた。
「今日こそは、降ってくれたら良いのになあ…」
私が住む岡山は、「晴れの国」として有名だ。
なので、雪は滅多に降らない。
積雪なんか、10年に1度レベルだ。
だから、私は冬になると「雪よ、降ってくれ…!」と祈り続けるのだ。
それは近所に住む子たちも、きっと同じだろう。
ある日、起きると雪が積もっていた。
「お、お、お母さん、雪積もってる!」
私は珍しい光景に興奮した。
白い息で、窓が白くなる。
「お母さん、遊びに行ってくる!」
「気をつけるんだよー。滑らないようにね。」
マフラーと手袋を着けて勢いよく外に出ると、近所の子たちは雪合戦を始めようとしていた。
「ねえ、私も混ぜて」
「あ、ちょうど良かった。人数が足りなくて困ってたんだよ」
「一緒に遊ぼ!」
こうして、滅多に出来ない雪合戦をしたり、
雪でうさぎを作ったりした。
私は大学生になり、上京することにした。
私は楽しみで堪らなかった、
だって東京は岡山よりも雪がよく降るのだから。
11月になった。
空気がピンと張り詰めていて、冬の訪れを感じる。
寒いな、なんて思いながら信号が青になるのを待っていると、手に妙な冷たさを感じた。
上を向いて見ると、
雪が空から降っていた。
初雪だ。
初雪って、こんなに早いんだ。
私は目を輝かせた。
これが積もったなら、どんなに楽しいことが起こるだろうか。
私は今にも舞い上がりそうな気分だった。
「うわ、雪か。滑るから嫌なんだよなー。」
隣から声が聞こえた。
左を向くと、1組のカップルが話しているのが見えた。
「積もったら嫌だよね。歩きづらくなる。」
「電車止まったらヤバいんだけど。
明日、1限からなのに。」
右からも声がした。
「積もったら雪かきしないとじゃん。
ダルいわ。」
その時、私は理解した。
ああ、雪というのは、東京の人にとっては厄介な存在なのか。
私みたいに、目を輝かせる人は珍しいのか。
私は俯いた。
雪は、厄介。
厄介な存在。
信号が青になり、人が一斉に進みだした。
私も歩き出した。
雪なんかに、目もくれずに。
【イルミネーション】
私は分厚いジャケットを羽織り、小ぶりなバッグを持って1階に降りた。
「お母さん、9時に帰るね」
お母さんは洗い物をする手を止めた。
「うん、気をつけてね。
帰るの遅くなりそうだったら、必ず連絡するんだよ」
私はこくっと頷き、靴を履いて外に出た。
「行ってきまーす!」、お母さんに、オトウサンに。
12月に入り、気温は10℃を下回る日が多くなった。
今は午後4時だから、もう少し気温が低いだろうか。
いずれにせよ、寒い。寒すぎる。
私は氷のように冷えた手を擦りながら、駅前行きのバスを待ち続けた。
白い息が宙に消えていく。
駅前のバス停で降り、徒歩3分のところにあるショッピングモールの中に入った。
友達との待ち合わせ場所は、ショッピングモールの1階にある休憩所。
休憩所にはベンチがあるから、私はそこに座って友達を待った。
友達を待っている間、私は考え事をしていた。
年の瀬が近づいているからだろうか、なんだか1年を振り返りたくなった。
「去年の今頃から不登校生活が始まったんだなぁ」とか、
「でも今年の9月で、不登校生活は終わったんだ」とか、
「家出して東京まで行ったなぁ」とか。
今年は濃い1年だった。
濃いのではない、私が自ら濃くしたんだ。
私が自ら濃くした1年。
そう思うと、達成感が湧いてくる。
きっと誰も手にすることができない、私だけの達成感。
外は、澄んだ青色から、ミカンのようなオレンジに染まり、魔法が掛かった紫色へと移り変わっていく。
「海愛ちゃん〜、お待たせ!」
後ろを振り向くと、見慣れた2人がいた。
キャラメル色のコートを着ているのはかのんちゃん、
ピンクのマフラーを巻いているのはあいりちゃん。
「ごめん、待たした?」
「ううん、全然。私もさっき着いたばっかり」
「えっと、夜ご飯はあそこでどうかな?」
そう言ってかのんちゃんが指差したのは、向かいにあるファミレスだった。
「いやぁ、今年もええ1年やったなぁ」
今年1年の振り返りをしながら、みんなで夜ご飯を食べた。
「うん、濃い1年だった。
いや、自分で濃くした1年だった」
「めっちゃカッコいいこと言うなぁ…!」
「私もそうかも。
今年ね、色々頑張ったんだ。
学級委員長に立候補したり、ボランティアに参加したり。
生徒副会長にも立候補したけど、結局落ちちゃった」
そういえばかのんちゃん、今年は学級委員長やってるんだったな。
「え、今年が初めてだったの?」
「うん、そうだよ」
「へえ〜、すごいなぁ。
今までは立候補したこと無かったん?」
「あったけど、駄目だった。
でも、今ならできるかなって。
小学生とか中学生の時は、クラスがアレだったから…」
「アレ、って?」
「まあ、簡単に言えば『学級崩壊』。
問題児とか仕切りたがり屋が多かったんだよね。
あとは、シンプルにいじめ。
ちょっとだけ泣き虫な子とか少食な子、給食食べるのが遅い子はよく標的にされてた。
酷いときは、自分の気に食わない子に嫌がらせしたりとか。」
「うわぁ……怖いなぁ」
「うん。自分も、学級委員に立候補しただけで『調子乗ってる』って言われて嫌がらせされたりしたなー。」
かのんちゃんは笑顔で話していた。
でも、少しだけ引きつっていた。
きっと無理してる。
本当は、その笑顔の裏側に「無理矢理押し殺した過去の自分」がいるのだろう。
夜6時。辺りは暗い。
私達はショッピングモールから徒歩2分のところにある広場に移動した。
ここでは期間限定でイルミネーションが観られるのだ。
「え、めっちゃピカピカだ!」
「すごいね〜!かわいい!」
右も左もイルミネーションでいっぱいだ。
この光景は毎年見るけれど、今年は一層輝いて見える。
「あ、あそこにでっかいクリスマスツリーーあるよ!」
私は前を指差した。
カラフルなLEDライトで装飾された、大きなクリスマスツリーだ。
「ね、あそこで写真撮ろうよ」
近くにいる人に声をかけて、クリスマスツリーの下で写真を撮ってもらうことにした。
「準備いいですかー?」
「はい、お願いします!」
「それじゃ、5枚ほど撮りますね」
私達はお決まりのピースをした。
私が真ん中で、かのんちゃんは私の右、あいりちゃんは私の左にいる。
ああ、満たされてる。
そう感じた。
私が求めてたのは、これだったんだ。
こうやって、一緒に笑い合える友達。
昔の私が、喉から手が出るほど欲しかったものだ。
私は「オトウサンがいない」という事実によって他の人との間に溝ができてしまった事がある。
除け者にされていたわけではないけど、あらゆる場面で「私はみんなとは違う」ということを突きつけられた。
だから、「友達なんか要らない」と思って、一人で過ごすようにした。
でも、本当は友達が欲しかった。
暗い部屋に篭っていた私は、今では輝かしい景色を友達と観ている。
あいりちゃんは、お父さんとお母さんが離婚する前の最後の旅行がイルミネーションだった。
でも、そこで夫婦喧嘩が始まって、その記憶が頭の中から離れないと言う。
この前だって、イルミネーションの話題を出したら顔色が変わっていた。
それでも、その記憶を塗り替えようとしている。
だから、今日ここに来ている。
かのんちゃんは、小・中学生の時にあまり上手くいってなかった。
いじめが日常茶飯事な中で、かのんちゃん自身も「調子に乗ってる」と嫌がらせをされて、次第に自信を失った。
それでも、腐ることなく戦い続けている。
「友達が欲しい」という願いを叶えた私。
トラウマを克服しようとしているあいりちゃん。
辛い過去に負けることなく頑張っているかのんちゃん。
この3人が一緒にいられるのは、きっと奇跡とか偶然とかじゃない。
「じゃ、いきますよー。はい、チーズ!」
パシャッと音がした。
写真に投影されたのは、眩しいクリスマスツリーと、今を生きる私達だ。
【心の裏】
「心って書いて、なんて読むと思う?」
当たり前じゃないか、「こころ」と読むに決まっているだろう。
「『こころ』じゃないの?」
「まあ、そうとも読むけど、別の読み方があるんだよ」
君は椅子から立ち上がり、教室の前にある黒板へと向かった。
白いチョークを手に取り、君は字を書き始めた。
カツッカツッという音が教室中に響き渡る。
僕は、それを教室の後ろから見る。
「心と書いて、『うら』と読むんだよ」
君は振り向いて言った。
「そうなんだ…」
「『心もなし(うらもなし)』って言う言葉があるんだけど、意味わかる?」
再び、君からの質問を考える。
心が無い、それすなわち……
「優しく無いってこと?」
「ちょっと違うねー。
『心もなし』っていうのはね、相手に気を遣ったり遠慮したりしないって意味なんだよ」
僕はそれを言われて、はっとした。
「……なんで、その話をしたんだよ」
すると君はふふっと笑って言った。
「私が失恋したからって、気なんか遣わないでね」
【温かい冬】
中村さんから話を聞いて以来、私の心は深く沈んでいた。
奥さん、病気で苦しみながら亡くなったんだ。
「サヨナラ」も言えなかったって。
この話を消化するには、とてつもない労力が要るみたいだ。
あれから、中村さんと会うことは無かった。
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「今度の土曜日、3人で駅前のイルミネーション観に行こうよ」
と言って誘うと、あいりちゃんは少しだけ渋い顔をした。
「イルミ、かぁ……」
「だめ、かな?」
「いや、だめやないけど…行けるかなぁ…」
「もしかして、用事あったりする?」
かのんちゃんがお弁当を頬張りながら訊いた。
「うーん……、行けんかも。
ちょっと考えとくな。」
あいりちゃんにしては元気が無い。
そんな気がした。
気のせいだろうか。
「ま、まあ、イルミなんていつでも行けるし…」
少しだけ浮かない顔をして俯くあいりちゃんが見えた。
その途端、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
私は家に帰ると、電気もエアコンもつけずにソファに倒れ込んだ。
「はあぁぁぁ」と特大の溜息をついてみるも、部屋中に虚しく響くだけだった。
お母さんは仕事だし、オトウサンは天の上だ。
こんな溜息、誰も聞いちゃいない。
私は額に手を当てて、暫く考え事をした。
中村さんの奥さんのこともあるけれど、やっぱり気になるのはあいりちゃんのこと。
いつも元気なあいりちゃんが、あんな顔をしたのがショックだった。
「イルミ、行きたくないのかな」
ぽつんと漏れたその声は、やはり虚しく響いた。
翌日。
私達はいつもと同じように会話して、笑っていた。
いつもと同じ。
あいりちゃんも、いつもと同じだった。
私達は、いつも2階のテラスみたいなところで昼ごはんを食べる。
今日も変わらず、テラスで昼ごはんを食べる。
「あ、そういえば、イルミどうかな?
都合悪かったりする?」
かのんちゃんが、今日はおにぎりを頬張りながら訊いた。
「あぁ、イルミ…な。」
あいりちゃんの顔から、さっきまで浮かべていた笑顔が消えた。
やっぱり、昨日のアレは気のせいではなかった。
「……、これ、今話すようなことじゃ無いと思うけど、ええかな?」
「うん」
私は頷いた。
隣を見ると、かのんちゃんも頷いていた。
「実はな、」
「…うん」
「ウチの親、再婚しとんの。
ウチが小学4年の冬の終わりに親が離婚して、中1の夏に再婚したんや。
再婚するまでの間はずっとおとんと2人暮らしやってんけど、今は新しいお母さんと3人で暮らしとる」
「そうなんだ…」
「ほんでな、離婚する前の最後のお出かけがイルミネーションやった。
途中までは楽しかったんやけどな、
おかんが少し神経質なところがあって、
些細なことで夫婦喧嘩が始まったんや。
それでどんどんエスカレートしていって、
周りの人も観とるし、
あまりに辛ぉて泣いてもた。 」
あいりちゃんはご飯を食べる手を止めて、俯いた。
その表情は、前髪に隠れてよく見えなかった。
今、どんな顔をしてるんだろう。
涙を堪えてるのかもしれない。
歯を食いしばって、自分が背負っているものの重みに耐えているのかもしれない。
「……今はな、素敵なお母さんと頼れるおとんがいて、毎日楽しい」
「……そっか」
そんなことしか言えなかった。
「……なんか、めっちゃスッキリしたわ!
やっぱり、イルミ行きたいわ」
あまりに唐突で、ビックリした。
かのんちゃんはキョトンとしている。
「いや、今まで、イルミ避けとったんよ。
っちゅうのも、イルミ見たらあの日の事を思い出して苦しなってもうて。
せやけど、友達と一緒なら楽しいはずやし。 やっぱり行きたいわ」
私はかのんちゃんと顔を見合わせて、ふふっと笑った。
きっと、かのんちゃんも心配していたんだと思う。
でも、私達が思っているよりもあいりちゃんは強い子だった。
なんだか、安心した。
「じゃ、土曜日の5時に駅前集合でどう?」
「うん、いいね!」
「楽しみやわぁ!」
こうして、土曜日の予定はすんなりと決まった。
寒いはずなのにポカポカする。
それくらい、私達の関係は温かくて優しいのだ。