中宮雷火

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12/14/2024, 12:00:49 PM

【イルミネーション】

私は分厚いジャケットを羽織り、小ぶりなバッグを持って1階に降りた。
「お母さん、9時に帰るね」
お母さんは洗い物をする手を止めた。
「うん、気をつけてね。
帰るの遅くなりそうだったら、必ず連絡するんだよ」
私はこくっと頷き、靴を履いて外に出た。
「行ってきまーす!」、お母さんに、オトウサンに。

12月に入り、気温は10℃を下回る日が多くなった。
今は午後4時だから、もう少し気温が低いだろうか。
いずれにせよ、寒い。寒すぎる。
私は氷のように冷えた手を擦りながら、駅前行きのバスを待ち続けた。
白い息が宙に消えていく。

駅前のバス停で降り、徒歩3分のところにあるショッピングモールの中に入った。
友達との待ち合わせ場所は、ショッピングモールの1階にある休憩所。
休憩所にはベンチがあるから、私はそこに座って友達を待った。

友達を待っている間、私は考え事をしていた。
年の瀬が近づいているからだろうか、なんだか1年を振り返りたくなった。
「去年の今頃から不登校生活が始まったんだなぁ」とか、
「でも今年の9月で、不登校生活は終わったんだ」とか、
「家出して東京まで行ったなぁ」とか。
今年は濃い1年だった。
濃いのではない、私が自ら濃くしたんだ。
私が自ら濃くした1年。
そう思うと、達成感が湧いてくる。
きっと誰も手にすることができない、私だけの達成感。

外は、澄んだ青色から、ミカンのようなオレンジに染まり、魔法が掛かった紫色へと移り変わっていく。

「海愛ちゃん〜、お待たせ!」
後ろを振り向くと、見慣れた2人がいた。
キャラメル色のコートを着ているのはかのんちゃん、
ピンクのマフラーを巻いているのはあいりちゃん。
「ごめん、待たした?」
「ううん、全然。私もさっき着いたばっかり」
「えっと、夜ご飯はあそこでどうかな?」
そう言ってかのんちゃんが指差したのは、向かいにあるファミレスだった。

「いやぁ、今年もええ1年やったなぁ」
今年1年の振り返りをしながら、みんなで夜ご飯を食べた。
「うん、濃い1年だった。
いや、自分で濃くした1年だった」
「めっちゃカッコいいこと言うなぁ…!」
「私もそうかも。
今年ね、色々頑張ったんだ。
学級委員長に立候補したり、ボランティアに参加したり。
生徒副会長にも立候補したけど、結局落ちちゃった」
そういえばかのんちゃん、今年は学級委員長やってるんだったな。
「え、今年が初めてだったの?」
「うん、そうだよ」
「へえ〜、すごいなぁ。
今までは立候補したこと無かったん?」
「あったけど、駄目だった。
でも、今ならできるかなって。
小学生とか中学生の時は、クラスがアレだったから…」
「アレ、って?」
「まあ、簡単に言えば『学級崩壊』。
問題児とか仕切りたがり屋が多かったんだよね。
あとは、シンプルにいじめ。
ちょっとだけ泣き虫な子とか少食な子、給食食べるのが遅い子はよく標的にされてた。
酷いときは、自分の気に食わない子に嫌がらせしたりとか。」
「うわぁ……怖いなぁ」
「うん。自分も、学級委員に立候補しただけで『調子乗ってる』って言われて嫌がらせされたりしたなー。」
かのんちゃんは笑顔で話していた。
でも、少しだけ引きつっていた。
きっと無理してる。
本当は、その笑顔の裏側に「無理矢理押し殺した過去の自分」がいるのだろう。

夜6時。辺りは暗い。
私達はショッピングモールから徒歩2分のところにある広場に移動した。
ここでは期間限定でイルミネーションが観られるのだ。
「え、めっちゃピカピカだ!」
「すごいね〜!かわいい!」
右も左もイルミネーションでいっぱいだ。
この光景は毎年見るけれど、今年は一層輝いて見える。
「あ、あそこにでっかいクリスマスツリーーあるよ!」
私は前を指差した。
カラフルなLEDライトで装飾された、大きなクリスマスツリーだ。
「ね、あそこで写真撮ろうよ」
 
近くにいる人に声をかけて、クリスマスツリーの下で写真を撮ってもらうことにした。
「準備いいですかー?」
「はい、お願いします!」
「それじゃ、5枚ほど撮りますね」
私達はお決まりのピースをした。
私が真ん中で、かのんちゃんは私の右、あいりちゃんは私の左にいる。

ああ、満たされてる。
そう感じた。
私が求めてたのは、これだったんだ。
こうやって、一緒に笑い合える友達。
昔の私が、喉から手が出るほど欲しかったものだ。
私は「オトウサンがいない」という事実によって他の人との間に溝ができてしまった事がある。
除け者にされていたわけではないけど、あらゆる場面で「私はみんなとは違う」ということを突きつけられた。
だから、「友達なんか要らない」と思って、一人で過ごすようにした。
でも、本当は友達が欲しかった。
暗い部屋に篭っていた私は、今では輝かしい景色を友達と観ている。

あいりちゃんは、お父さんとお母さんが離婚する前の最後の旅行がイルミネーションだった。
でも、そこで夫婦喧嘩が始まって、その記憶が頭の中から離れないと言う。
この前だって、イルミネーションの話題を出したら顔色が変わっていた。
それでも、その記憶を塗り替えようとしている。
だから、今日ここに来ている。

かのんちゃんは、小・中学生の時にあまり上手くいってなかった。
いじめが日常茶飯事な中で、かのんちゃん自身も「調子に乗ってる」と嫌がらせをされて、次第に自信を失った。
それでも、腐ることなく戦い続けている。

「友達が欲しい」という願いを叶えた私。
トラウマを克服しようとしているあいりちゃん。
辛い過去に負けることなく頑張っているかのんちゃん。
この3人が一緒にいられるのは、きっと奇跡とか偶然とかじゃない。

「じゃ、いきますよー。はい、チーズ!」
パシャッと音がした。
写真に投影されたのは、眩しいクリスマスツリーと、今を生きる私達だ。

12/12/2024, 1:46:02 PM

【心の裏】

「心って書いて、なんて読むと思う?」
当たり前じゃないか、「こころ」と読むに決まっているだろう。
「『こころ』じゃないの?」
「まあ、そうとも読むけど、別の読み方があるんだよ」
君は椅子から立ち上がり、教室の前にある黒板へと向かった。
白いチョークを手に取り、君は字を書き始めた。
カツッカツッという音が教室中に響き渡る。
僕は、それを教室の後ろから見る。

「心と書いて、『うら』と読むんだよ」
君は振り向いて言った。
「そうなんだ…」
「『心もなし(うらもなし)』って言う言葉があるんだけど、意味わかる?」
再び、君からの質問を考える。
心が無い、それすなわち……
「優しく無いってこと?」
「ちょっと違うねー。
『心もなし』っていうのはね、相手に気を遣ったり遠慮したりしないって意味なんだよ」
僕はそれを言われて、はっとした。
「……なんで、その話をしたんだよ」
すると君はふふっと笑って言った。

「私が失恋したからって、気なんか遣わないでね」

12/11/2024, 12:48:57 PM

【温かい冬】

中村さんから話を聞いて以来、私の心は深く沈んでいた。
奥さん、病気で苦しみながら亡くなったんだ。
「サヨナラ」も言えなかったって。
この話を消化するには、とてつもない労力が要るみたいだ。

あれから、中村さんと会うことは無かった。

―――――――――――――――――――――
「今度の土曜日、3人で駅前のイルミネーション観に行こうよ」
と言って誘うと、あいりちゃんは少しだけ渋い顔をした。
「イルミ、かぁ……」
「だめ、かな?」
「いや、だめやないけど…行けるかなぁ…」
「もしかして、用事あったりする?」
かのんちゃんがお弁当を頬張りながら訊いた。
「うーん……、行けんかも。
ちょっと考えとくな。」
あいりちゃんにしては元気が無い。
そんな気がした。
気のせいだろうか。
「ま、まあ、イルミなんていつでも行けるし…」
少しだけ浮かない顔をして俯くあいりちゃんが見えた。
その途端、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。

私は家に帰ると、電気もエアコンもつけずにソファに倒れ込んだ。
「はあぁぁぁ」と特大の溜息をついてみるも、部屋中に虚しく響くだけだった。
お母さんは仕事だし、オトウサンは天の上だ。
こんな溜息、誰も聞いちゃいない。
私は額に手を当てて、暫く考え事をした。
中村さんの奥さんのこともあるけれど、やっぱり気になるのはあいりちゃんのこと。
いつも元気なあいりちゃんが、あんな顔をしたのがショックだった。
「イルミ、行きたくないのかな」
ぽつんと漏れたその声は、やはり虚しく響いた。

翌日。
私達はいつもと同じように会話して、笑っていた。
いつもと同じ。
あいりちゃんも、いつもと同じだった。

私達は、いつも2階のテラスみたいなところで昼ごはんを食べる。
今日も変わらず、テラスで昼ごはんを食べる。
「あ、そういえば、イルミどうかな?
都合悪かったりする?」
かのんちゃんが、今日はおにぎりを頬張りながら訊いた。
「あぁ、イルミ…な。」
あいりちゃんの顔から、さっきまで浮かべていた笑顔が消えた。
やっぱり、昨日のアレは気のせいではなかった。
「……、これ、今話すようなことじゃ無いと思うけど、ええかな?」
「うん」
私は頷いた。
隣を見ると、かのんちゃんも頷いていた。
「実はな、」
「…うん」
「ウチの親、再婚しとんの。
ウチが小学4年の冬の終わりに親が離婚して、中1の夏に再婚したんや。
再婚するまでの間はずっとおとんと2人暮らしやってんけど、今は新しいお母さんと3人で暮らしとる」
「そうなんだ…」
「ほんでな、離婚する前の最後のお出かけがイルミネーションやった。
途中までは楽しかったんやけどな、
おかんが少し神経質なところがあって、
些細なことで夫婦喧嘩が始まったんや。
それでどんどんエスカレートしていって、
周りの人も観とるし、
あまりに辛ぉて泣いてもた。 」
あいりちゃんはご飯を食べる手を止めて、俯いた。
その表情は、前髪に隠れてよく見えなかった。
今、どんな顔をしてるんだろう。
涙を堪えてるのかもしれない。
歯を食いしばって、自分が背負っているものの重みに耐えているのかもしれない。
「……今はな、素敵なお母さんと頼れるおとんがいて、毎日楽しい」
「……そっか」
そんなことしか言えなかった。

「……なんか、めっちゃスッキリしたわ!
やっぱり、イルミ行きたいわ」
あまりに唐突で、ビックリした。
かのんちゃんはキョトンとしている。
「いや、今まで、イルミ避けとったんよ。
っちゅうのも、イルミ見たらあの日の事を思い出して苦しなってもうて。
せやけど、友達と一緒なら楽しいはずやし。 やっぱり行きたいわ」
私はかのんちゃんと顔を見合わせて、ふふっと笑った。
きっと、かのんちゃんも心配していたんだと思う。
でも、私達が思っているよりもあいりちゃんは強い子だった。
なんだか、安心した。
「じゃ、土曜日の5時に駅前集合でどう?」
「うん、いいね!」
「楽しみやわぁ!」
こうして、土曜日の予定はすんなりと決まった。

寒いはずなのにポカポカする。 
それくらい、私達の関係は温かくて優しいのだ。

12/10/2024, 2:05:02 PM

【横並び】

2:1。
前に2人、後ろに1人。
決まって私は後ろ側だ。
3人で帰る道は、楽しそうに話す2人を眺めるばかりでつまらない。
もし私に、ほんのちょっとだけ勇気があったならば。
「あ、そのドラマ観てるよ!」とか言えて、 
会話に混ざることができるのだろうけど。
私にはあと一歩、踏み出す勇気が足りない。

今日こそは、今日こそは。
私は鞄をぎゅっと握りしめた。
誰も気づかないくらい静かな深呼吸をして、
私は一歩踏み出した。

ガサッ

少し背の低い木にぶつかった。
葉っぱが邪魔すぎる。
前の2人は話に夢中で、私になんか目もくれない。
はぁ…。
私は溜息をついた。
やっぱり私は、2人にとって「友達」では無いのかもしれない。
この大きな溜息すら、2人は気づいていないから。

「仲間」がいれば、と考えた。
「仲間」というのは、ある目標に向かって一緒に頑張る人のことだ。
仲間がいれば、私は横並びになれるのに。
ただの友達じゃ、私は横に並ぶことを許されないのだ。

私は空を見上げた。
雨が降れば、こんな時間は直ぐに終わってくれるのだろうか。

12/3/2024, 11:27:52 AM

【トラジェディ】

暑さが和らぎ始めた10月の始め。
私は帰り道にある人を見掛けた。
その人はベンチに座っていて、独りで海を眺めていた。
鼓動が高まり、頬が熱くなる。
2年ぶりだ、会いたかった。
私はゆっくりと近づき、その人に声を掛けた。
「あの……、私のこと、覚えてますか?」
その人は振り向いた。
「あなたは…」
「お久しぶりです、中村さん」
目の前にいるのは、私の町に2年前まであった楽器店の店主・中村さんだ。

私達はベンチに腰掛け、しばらく話をすることにした。
「いやぁ、実に2年ぶりですね。
元気にしていましたか?」
「はい!中村さんも、お元気でしたか?」
私はニコニコ笑顔で答えた。
「ええ。この2年間、色々ありましたけど、何だかんだ元気ですよ。」
私は中村さんが言った「色々」に深い意味があるのを分かっていた。
去年、奥さんを癌で亡くしたと噂で聞いた。
それを思い出して、少しだけ胸が重くなったような気がした。
「……私も、何だかんだ元気にやってます!」
私は笑顔を作った。

それから私達は、この2年間の話をした。
高校に進学したこと。
友達が出来たこと。
今年、東京に行ったこと(家出したことは隠あえて言わなかった)。
中村さんはうんうんと頷いて私の話を聞いてくれた。
前と変わらない、柔和な笑顔。
寡黙で落ち着いていて、とても優しいところは変わらないみたいだ。
「あ、そういえばこれって言いましたっけ?」
「はい?」
「私、実は去年に妻を亡くしたんです。」
海風が急に冷たく感じられた。
脳がどんどん冷えて固まっていく。
中村さんの背後には、動かない白い雲が見える。
「…えっと、」
「ステルス胃癌で、亡くなったんです」
中村さんは視線を海に移し、こう切り出した。
「少しだけ、妻の話をしてもいいですか?」

―――――――――――――――――――――
2年半前から、妻がよく「食欲が無い」と言うようになったんです。
その頃は暑さが厳しい7月で、夏バテで食欲が失せてしまったのだろうと思っていたんです。
ですが、夏が終わっても一向に食欲は戻らず、冬には食事を戻すようになったんです。
ある日血を吐いてしまい、「これは只事では無い」と思って病院に行きました。
結果は、ステルス胃癌のステージ3でした。

それからは店を閉めて、妻の回復を優先するようになりました。
最初は手術も検討されていましたが、どうやら他の臓器に転移しているのが見つかって、手術はできないということで薬物療法を行なうことになりました。 
最初の頃は、辛い入院生活でも笑顔を浮かべていたんです。
ですが、癌が骨にも転移して、次第に骨の痛みを訴えるようになりました。 
日に日に笑顔が消えていくのを見るのは、本当に辛かったです。

ある日、先生から「今夜が山場かもしれません」と言われて、一晩中付き添いました。
夜中に「痛い、体が痛い」と呻けば、私は妻の体を擦ってあげました。
泣きながら擦りました。
もう、こんな姿は見たくないとも思いました。
そして翌日の朝、妻は亡くなりました。
苦しみながら亡くなりました。
サヨナラの言葉すら言えませんでした。

―――――――――――――――――――――
「ごめんなさい。
こんな話、外でするようなことでは無いですよね。」
そう言うと、中村さんは立ち上がった。
手には杖が握られていた。
「さて……、もうそろそろ行きますね。
それでは、お元気で。」
中村さんは杖をついて、地面と靴が擦れる音を立てて去っていった。
私はその背中を見送ることしかできなかった。

私は海を眺めながら、しばらく考え事をしていた。
中村さんは、もう楽器店は経営しないのだろうか。
今年の4月、閉店した楽器店が取り壊されているのを見た。
跡地にはコンビニができるらしい。

中村さんは「サヨナラの言葉すら言えなかった」と言っていた。
中村さんは、後悔しているだろうか。
しているだろうな。
こんな別れ方、望んでいなかっただろうな。
「来世でも会いましょう」なんて言ったりするドラマチックな別れではなく、
ただ苦しむことしかできないなんて。
こんな酷いことがあったなんて。
この苦しさは、今まで私が味わったものの中でもトップクラスに酷かった。

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