【光を売る仕事】
彼は、光を売る仕事をしている。
仕事と言っても、対価はお金ではなく笑顔だけど。
そして私は彼のもとで助手をしている。
仕事は簡単。
球体が出現するから、穴を開けるのだ。
この球体は「孤独」「絶望」を意味する。
そこに、鋭利なピンでえいっと穴を開けて、
彼が生み出した光を詰めると完成。
その後、少し大きめの覗き穴を作って、
そこから様子を覗き込む。
中には「誰か」の暮らしの様子がある。
その「誰か」が笑顔になっていれば良い。
「良かった、元気を取り戻したみたいですね」
私は球体を覗き込んで、満足気に言った。
中には「誰か」がいる。
この人は好きな人に告白したものの振られてしまい、失意のどん底にいた。
「笑顔になったなら、良かった」
彼もまた微笑み、コーヒーを片手に新聞を読み始めた。
私は彼の笑顔を見て、ほっとする。
ほっとしつつ、寂しく思う。
光があれば闇が生まれる。
光を売る仕事は、影を生む仕事でもあるのだと。
【メランコリック少女】
大人は秋が好きだ。
何故なのかは分からない。
夏の太陽の眩しさが辛いから?
冬の凍えるような寒さが辛いから?
だから中間の秋が好きなのだろうか。
でも、私は秋が嫌いだ。
これも何故なのか分からないけど、
秋になるととても悲しくなるのだ。
枯れ葉が落ちる様子、
秋の空が濃く青く染まる様子。
秋の絶景には息を呑むばかりだが、
そこにはどうも何かが足りない。
楽しい、という感情が足りない。
どうしても秋を好きになれないから、
私は過ぎた夏に思いを馳せ、
いずれ来る冬を楽しみに待つ。
きっと冬になれば、また天使が舞い降りるから。
しかし、どうも最近秋を好む私がいるという事に気づき始めた。
私も、大人になってしまったのだろうか。
【顔面偏差値判定鏡】
「あなたはブサイクです」
顔面偏差値判定鏡にストレートに言われた。
「いや、そんなストレートに言わなくても…」
「これが私の仕事なので。」
鏡はツンとした声色で答えた。
嫌な鏡を貰ったものだ。
友達から誕生日プレゼントとして貰ったのだが、相性は最悪だ。
美人な友達も、私がブサイクであるのは見て分かるのにこんな鏡をプレゼントするなんて、
本当に性格が悪い。
友達の誕生日には、性格偏差値判定鏡を贈りたいものだ。
本当は直ぐにでも捨ててしまいたいのだけど、鏡が無くなるのも嫌だ。
全身をちゃんと確認できるものがいい。
「あなたは本当にブサイクです。
そんな格好で人前を歩くなんて。」
分かってる、そんなの。言われなくたって…
「鼻と唇の距離が遠い、乾燥肌、唇も乾燥気味。フェイスラインがスッキリしていない、
ファッションセンスが 皆無、……」
次々と私のブサイク要素を挙げていく鏡に対して、私は苛立ちと惨めさを感じていた。
しかもこの鏡、具体的にどこを直せばいいのか教えてくれない。
不良品にも程がある。
「分かってる、そんなの……」
ブサイクな私は大学へと向かった。
大学帰りにプチプラコスメを買って帰った。
家に帰って早速試してみる。
「あらあら、メイクの練習なんて珍しい。
そんなの、自分を良く見せるための仮面みたいなものですよ。」
うるさい。
私は無視して練習した。
「そんなに頑張っても、元の素材が変わるわけ無いのに。」
「じゃあ、整形しろって言うの?」
さすがに頭にきて、言い返した。
「……」
「いい加減口閉じてよ。」
私は再びメイクの練習を始めた。
今日は休日。
友達と服を買いに行った。
こちらの友達は心優しくて、あの毒舌鏡を送りつけた性格の悪い友達とは真逆の聖人だ。
「うーん、イエベならこっちのほうが血色良くなりそうだけどなぁ…」
「えっと、イエベとブルベって何?
私、全然詳しくなくて。」
「肌が黄色よりなのはイエベ、青寄りはブルベ。
まあ、ちゃんと診断してみないと分からないけどね。
血色良く見せるためには、こういうパーソナルカラーに合わせると良いみたいだよ。」
そう言って友達が選んでくれたのは、秋らしい低彩度な赤色だった。
2カ月後のこと。
美容院で髪を切ってもらった。
ふんわりしたボブ。
結構気に入っている。
最近は割と肌の調子がいい。
乾燥気味だった肌は、新しい化粧水のお陰か、もっちりしている。
最近は、少しだけ毒舌鏡が柔らかくなったような気がする。
「アホ毛が立っている、唇が乾燥気味、ネイルが下手、メイクが下手。
まあこれくらいですかね。」
月日がかなり経って、2年後。
「まあ、良いんじゃないですか」
遂に毒舌鏡から褒めてもらえた。
「え、えっ、悪いとこは?無いの?」
「強いていえば、爪がやや長いです。」
やった、遂にやった。
見たか?私を馬鹿にしてきた奴。
今までに無い多幸感が私を埋め尽くしていた。
「それじゃ、」
「え?」
私は養生テープを用意し、鏡に直接貼り付けた。
「な、何をするんですか?」
「今から貴方のことを捨てるの。」
鏡に貼り終え、私は床に新聞紙を敷いてからハンマーを取り出した。
「ま、まさかそれで…」
「こうすればゴミが小さくなって、捨てやすくなるからね。」
「やめて」
私は無視してハンマーを振り下ろした。
パリンッと音を立てて、豪快に割れた。
ハンマーを振り下ろす度、私は心が軽くなるのを感じた。
かわいいとかかわいくないとか、どうでもいいじゃないか。
ブサイクとか美人とか、どうでもいいんだって。
割れた鏡には、見た目以上に美しいものを持つ私の姿が反射している。
【ナイトルーティン】
僕はスーパーでちょっとした惣菜を買って、家に帰った。
いつもの癖で「ただいま」と言うのだけれど、今日も部屋中に虚しく響き渡るだけだった。
電気を付けて、冷蔵庫を漁ってみる。
冷えたお茶をコップに注ぎ、買ってきた惣菜を口にする。
パジャマに着替えて、洗面所へと向かう。
歯磨き粉が減るのが遅くなった。
まあ、その分買い替える回数も減るのだけど。
顔を洗い、またよく目を凝らしてみるのだけど、鏡には僕の姿しか写っていなかった。
無駄に余白のあるダブルベッドに横たわり、
スマホを弄ること無く考え事をして時間を溶かす。
破綻したナイトルーティン。
君がいないから壊れた。
「ただいま」といえば「おかえり」と返ってきたし、
夜ご飯は惣菜なんかじゃなくて君の美味しい手料理だった。
歯磨き粉は今よりも速く減ってたし、
ダブルベッドは2人分のスペースでいつも埋まっていた。
スマホなんか弄らずに2人でずっと楽しく話していた。
全部、君のせいだ。
君がいなくなったから、僕は。
僕は電気を消して、今日を強制的にシャットダウンした。
【スズラン畑でさいごの話を】
いつか死ぬことが怖くて、それをとある魔女に相談すると
「それなら、永遠に生きればいいじゃない」
といって、不老不死の薬を授かった。
「不老不死だから病気をすることはないし、体が衰えることも無いの。
怪我をしても死ぬことは無いわ。」
不老不死の薬を飲み干してから、
私は永遠の寿命をもらった。
20歳の見た目で、今は1020歳の中身。
最初は楽しかった。
知り合いが次々と体の不調を訴え始めても、私は変わらず若々しいままで、それが優越感を感じさせた。
そして「あなたはずっと若々しいわね」と言われるのが嬉しくてたまらなかった。
しかし知り合いは皆死んでしまい、私は結果的に残されてしまった。
いつかはこの傷も癒えるだろう、と思ってやり過ごし、実際に傷はどんどん癒えるものであった。
しかし、耐えられない傷ができてしまった。
私は713歳の時に恋人を作った。
20歳ほどの、金髪の青年。
駆け出しの画家で、それはそれは美しい心の持ち主だった。
私達は意気投合し、やがて結婚して生涯を共にした。
自分が不老不死であることは言わなかったが、とても楽しい生活だった。
だが、私が725歳の時に彼は殺された。
ちょうど争いの時代真っ只中だったのだが、私達はあることで敵国のスパイと見なされ追われていた。
とうとう追い詰められた時に彼は私をかばって殺されてしまった。
私はただ逃げるしか無かった。
私のことなんか庇わなくて良かったのに。
私は撃たれても平気なのに。
戻ってこない命への後悔ばかりが胸を覆い尽くすようになった。
隠れて毎日泣いて、疲れ果てて眠る毎日。
あれから207年経った。
今では街に出ること無く森の中で隠居生活を送っている。
人と付き合うのはもう嫌だ。
亡くした時の辛さは、もう味わいたくない。
そして今日は、久しぶりに外に出てスズラン畑を目指している。
山を下りながら、私は魔女の言葉を思い出していた。
「もし貴方が、どうしても死んでしまいたいというのなら、スズラン畑で眠りなさい。
それが、貴方に残された唯一の死に方よ。」
今日で、こんな生活も終わる。
もうすぐ、私の我慢が終わる。
スズラン畑が見えてきた。
これから、私はスズラン畑で眠りにつく。