中宮雷火

Open App
10/31/2024, 11:29:55 AM

【トリック・オア・ユートピア】

私はあるチケットを握り締めて門の前に立っている。
握っているのは『トリック・オア・ユートピア』の招待券。
『トリック・オア・ユートピア』とは、10月31日にだけ行われるハロウィンパーティー。
どこの誰が開催しているのかは知らないが、
結構人気らしくチケットを手に入れるのは容易ではない。
世界に100枚だけしかないのだとか。
そのうちの1枚を持っているのが私だ。

チケットを手に入れた人が守るルールは3つ。
1.お菓子を用意しておくこと。
2.誰かを傷つけることは、如何なる事情があっても許されざる行為である。
3.絶対に時計塔の中に入ってはいけない。

お菓子は十分に用意した。
左手に持つ袋の中には、これでもかというほどお菓子を詰め込んである。
午後6時、私はワクワクしながら門をくぐり抜けた。

門をくぐると、賑やかな声が聴こえてきた。
空は不気味なほどに紫色で、そこら中にカボチャが置いてある。
一般的なハロウィンと何ら変わりない。
けれど、異世界感が漂う空間は異質だった。
「そこのお姉さんっ、トリック・オア・トリート!」
急に話しかけてきたのは、キョンシー姿の男の子だった。
「お菓子くれなきゃ、どうなるかわかってるよね?」
生意気なガキだな、なんて思いながら、私は板チョコをあげた。
「うわぁ、一番欲しかったやつだ!
あ、お礼に僕からもあげるよ」
そういってキョンシーはオレンジ色のカードを暮れた。。
「これは大切に持っておくんだよ」

次に出会ったのは天使の羽をつけた女の子だった。
羽の質感がリアルだ。
「トリック・オア・トリート!
お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
可愛らしい、と思いながら、私はマシュマロをあげた。
「ありがとう!
これは私からのお礼だよ」
そういって天使は白いカードをくれた。
キョンシーがくれたカードの色違いだ。

大広場には様々な人が集まっていた。
狼男、魔女、ピエロ、死神、バニーガール、吸血鬼。
多種多様な仮装をしている人達がいっぱい集まっていて楽しそうだ。
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
これまでに9色(赤、オレンジ、緑、水色、青、紫、ピンク、白、黒)のカードをもらった。
次にもらえるのは何色なんだろう、とワクワクしていると、あるピエロが声を掛けてきた。
「トリック・オア・トリート!」
私は当たり前のようにキャンディを渡した。
「うひょー!キャンディだ。珍しいなぁ!」
ピエロはキャッキャッとはしゃいでいたが、急に声色を変えた。
「お嬢ちゃん、ここは気をつけなよ。
あいつらは隠し事ばかりだから。」
不穏な言葉とともにくれたのは、黄色のカードだった。
「ここは、ディストピアだからね」

午後9時。
閉園の時間だ。
10色のカードをまじまじと眺めて、時折月にかざしてみたりした。
綺麗なカードだなあ。
何に使えば良いんだろう、観賞用かな?

門の外に出ると、一生戻ることはできない。
名残惜しさが勝ってしまいそうだったけど、
カボチャ頭の大男が「早く出ないと危ないぞ」と急かすから、いつまでも中に残ることはできなかった。

門の外に出ると、藍色の空が目についた。
私は寂しくて、誤魔化すように束の間の理想郷を口の中で味わった。

10/30/2024, 12:29:56 PM

【ノスタルジック】

私は7年ぶりにこの教会を訪れた。
キリシタンでは無いので、礼拝目的ではない。
今日行われるコンサートに出演することになったのだ。
約30分、弾き語りをさせてもらえる。
緊張はしていないが、その代わりに興奮が勝っている。
だって、5年ぶりに来れたから。

壇上に上がると、大勢の人が拍手で出迎えてくれた。
制服のリボンが邪魔だな、この空気感が懐かしいな、なんて思いながら、私はギターを片手に歌い出した。
その傍ら、私はあることを思い出していた。

―――――――――――――――――――――
7年前の秋。
私はこの教会を訪れた。
というのも、姉がコンサートに出演するからだ。
ギターで30分、弾き語り。
両親と私は観客席の硬い椅子に腰掛け、
今か今と出番を待ち侘びていた。

姉が壇上に上がると、私達は拍手で出迎えた。
姉は私に手を振ってくれて、私はそれに応えるように一生懸命に拍手をした。
姉は椅子に腰掛け、ギターを片手に歌い出した。
姉の、透き通る声が好きだった。
アコースティックギターの綺麗な音色が好きだった。
私はずっと姉を見つめていた。
外の景色なんかどうでもよくて、横目にひらひらと枯れ葉が落ちている様子が見えたが、それもどうでもよかった。
姉の弾き語りライブは大成功に終わった。

「来年も出るの?」
「うーん、誘われたらね」
「来年も、聴かせて」
そんな会話を交わした。
しかし翌年、姉は交通事故で死んだ。

―――――――――――――――――――――
姉が死んだ日から、私の中の世界が終わった。
ずっと泣いていた。
自室に引きこもって、しばらく出られなかった。
涙がやっと枯れてきた頃、私は姉のギターを譲り受けて練習を始めた。
同時に、中学生になったタイミングで合唱部に入った。
すべて、姉のため。
姉がやってきたことをやりたかっただけ。

あっという間に30分が終わり、私は拍手に包まれながら退場した。
去り際、私は観客席のほうをちらりと見た。
もしここに姉がいたならば。
ちゃっかり両親の隣に座って、皆と同じように、拍手をしていたならば。
そんな世界線があったならば、どんなに良いことか。

しかし、観客席に姉はいなかった。

10/29/2024, 11:20:31 AM

【主人公達】

人間観察が好きだ。
街を歩いていて、すれ違いう人のことを考える。
この人は普段何をしているのか。
この人の趣味や嗜好とは。
今日はどんな1日を送ったのか。

人の数だけ物語がある。
家族、
友達、
先輩や後輩、
愛人、
嫌いな人、
別れ行く人。
全ての人が違う物語を紡いで、それがやがて世界となっただけ。
私の物語の主人公は私で、あなたの物語の脇役は私。
それだけ。

10/28/2024, 10:49:52 AM

【暗闇】

午後6時。
「海愛ちゃ〜ん、ご飯できたよ〜」の声で私はリビングに向かった。
「ごめんね、本当は唐揚げ作ってあげたかったけど無くてねぇ…
チーズハンバーグ作っちゃった。」
おばあちゃん、ありがとう。
チーズハンバーグ大好きだよ。
あと、2日連続唐揚げを回避してくれてありがとう。
好きだけど、立て続けに食べるのはキツイから。
という思いを凝縮して
「ありがとう」という一文になってしまった。

「いただきます!」の合図で食べ始めたチーズハンバーグは、やっぱり美味しかった。
いくらでも食べれそう、でも太っちゃいそうだからなぁ…
でも箸が止まらない。止まってくれない。
「おかわり、いる?」
「うん、いる!」
食欲に負けた。

「ごちそうさまでした!」の後には一緒にデザートを食べた。
私はカステラ、おばあちゃんはシフォンケーキ。
「これ、めっちゃおいしい…!」
「でしょ?東京駅の近くで買ったの」
こんなに安心して笑えるのはいつぶりだろうか。
槇原さん夫婦の家にいた時もこれくらい笑っていたかもしれない。
しかし、泊めてくれることの有り難さ、申し訳無さ、緊張感が邪魔をしていたような気がする。 

「海愛ちゃん、難しいことを訊いていい?」
「ん?」
「海愛ちゃんは、なんで家出しようと思ったの?」
時が止まったような気がした。
口の中のカステラは味がしなくなり、
ただ時計の秒針がカチッと鳴る音だけが聴こえる。
「……えっと、来てみたかったから、かな」
「お母さんと、喧嘩したんでしょう?」
はっとした。
おばあちゃん、知っているんだ。
というか、そもそも昨日の時点でおかしかった。
『明日には帰って、ちゃんと謝るんだよ。』
私はお母さんと喧嘩したことを一言も言っていないのに、
「なんで、知ってるの?」
「お母さんからね、電話で聞いたの。
昨日だけじゃないの、先月も相談してきた」
お母さんがおばあちゃんに自ら電話?
そんなことがあったんだ。
「これからの進路をどうするか、食い違っちゃったんでしょう?」
「……うん。」
私はただ頷くことしかできなかった。
なぜか、元気になれなかった。
「そっかあ、お母さんと喧嘩しちゃったのかあ。」
私は俯くことしかできなかった。
おばあちゃんの顔を素直に見れない。

「もう1つ、難しいことを訊いていい?
答えたくなければいいのよ。」
「……何?」
「どうして、学校に行けなくなったの?」
おばあちゃんの顔をそっと見た。
お母さんとも先生とも違う顔。
その顔を見て、私はやっと言葉を絞り出すことができた。
「……自分に、自信が無くなった。
やりたいことが自由にできるわけじゃないし、私がいなくても授業は成り立つし。
みんなより出来ていると思っていたのは勘違いで、私が出来ることは皆も出来るんだって、当たり前なんだなって。
なんか……、私って要らないんだなぁって。」
私は思い返していた。
皆のスペックの高さ、
勉強が当たり前に秀でている人達の集まり、
それ故の挫折。
「置いていかれる」という不安。
「私なんかいなくてもいいんだ」という絶望。
一方的に別れを告げられたバンド。
怒りを封じ込めるのに精一杯だった。
追い打ちをかけるように潰れた、馴染みの楽器店。
友達に心配されても誤魔化そうとしていたこと。
私が弱いだけなのかもしれない。
私は挫折を知らなくて、
だから他の人が耐えられることも無理だったのかもしれない。
それでも限界だった。
家に帰って、毎日自室に籠もってこっそり泣いていた。
「私ってなんて駄目な人間なんだろう」と
自分を責めて、
「じゃあいっそのこと全部終わらせよう」と
思ってもそんなことはできなくて。
どうにもできない上に相談する勇気もなくて、
勝手に壊れて自滅して。
「本当に…我儘だなぁ…」
私は泣き崩れた。
今まででいちばん涙を流した。
そんな私を、おばあちゃんは優しく抱きしめてくれた。
「海愛ちゃんは、十分偉いのよ。
精一杯頑張ってるんだよ」
その言葉を聞いた時、私は気づいた。
私は、ずっと私を諦めていな!かった。
暗がりの中でも、私はまだ腐ってない。

夜9時。
泣き過ぎて目が腫れぼったい。
きっと、明日も腫れぼったい目のままなのだろう。
そして、明日には帰らなくちゃ。
帰って、お母さんにちゃんと伝えなきゃ。
私はいつもより早く眠りについた。

―――――――――――――――――――――
目を開けると、海岸沿いの道にいた。
後ろを振り向くと、白い灯台が見えた。
あ、ここは楽器店の前の道だ。
そこで、ここは私の故郷であると気づいた。
何でここにいるんだろう、
ああ、これは夢か。
そう自覚した時だった。
どこからか花の香りがした。
甘くてうっとりする香り。
そして目の前には、

オトウサンがいた。

10/27/2024, 10:38:51 AM

【冷淡と紅茶】

子供に紅茶はまだ早い。
そう言われたことがある。
あれは5歳の時だっけ、祖母が紅茶を飲んでいるのに憧れて「私も飲みたい!」と言ったのだ。
すると、「子供に紅茶はまだ早い。」と冷たくあしらわれた。
子供ながらに(大人になった今も思っているけど)「何だよ、偉そうに。」と思ったのを覚えている。

私の祖母は怖い人だった。
とにかく子供への愛情が無い。
私がどんなに可愛らしいことを言っても
「だから何?」という態度だった。
それに対してお父さんは
「まあまあ、そんな態度取らなくてもいいじゃないか」
と言うのだけど、祖母は無視して紅茶を嗜むのだ。
そんな感じなので、親戚一同が集まる場がとてつもなく怖かった。
その一方で、「今日こそは構ってもらえるかな?」と期待する自分がいて、
その期待はことごとく壊れるのだ。
いつしか自分も期待しなくなって、話しかけることを辞めた。

そんな祖母が、この前亡くなった。
老衰だった。
親戚が泣きながら最期の感謝を伝える中、
私は何も言わなかった。
いや、言えなかった。
何かしてもらったこともなければ、
かわいがってもらえたことすら無い。
御恩の気持ちなど一欠片も無かった。
「ほら、貴方も何か言いなさい」とお母さんに促され、
渋々「……ありがとうございました。」とだけ呟いた。

祖母の死から2週間が経ち、身辺整理も片付いた頃、私はカフェに立ち寄る機会があった。
今日は何を頼もうか、無難にアイスコーヒーかな?
それか、紅茶を飲んでみようかな。
幼い頃からずっと駄目と言われていたものは、反動で試してみたくなるものだ。
私はワクワクしながら店員さんに言った。
「紅茶を、1杯ください」

紅茶を待っている間、私は紅茶について調べてみた。
ほうほう、英語ではブラックティーと言うのか、ややこしいな。
へえ、紅茶に含まれるカテキンは免疫力を向上させるんだ。
知らないことばかりだ。
記事を読み進めていくと、ある文が目に入った。

4歳以上の子供は1日に1杯までなら紅茶を飲んでも良い。
ただし、紅茶にはカフェインが含まれているので、飲み過ぎには注意しなければいけない。

へえ、結構リスクあるんだなあ。
カフェインには神経を興奮させる作用があるらしく、過剰に摂取すると吐き気や強い鼓動、けいれんを引き起こすみたいだ。
ああ、祖母はこの事を知っていたのかもしれないな。
これは全て私を守る為の愛だったのだろうか。
祖母がこの世を去った今では、その真実は分からない。
こんなの、ただの妄想に過ぎやしない。
ただ、心のどこかでその妄想が正解であることを願っている自分がいたりするのだ。

「お待たせ致しました、こちらご注文の紅茶でございます」
温かい香りとともに、紅茶が運ばれてきた。
ああ、遂に飲める。
待ち侘びていた、この時を。
しかし、飲もうとするとどうしても祖母の冷たい顔がちらつく。
今もまだ、「子供に紅茶は早い」と言われそうで怖いのだ。
いや、私はもう子供じゃないっつ―の。
色々考えると益々頭が締め付けられるような気になってしまって、
私はええいと一口に紅茶を飲んで、足早に店を出た。
もちろん、紅茶の味など覚えているわけがない。

Next