またね!
その日彼女は、あの人と最後の食事をしていた
じゃぁ。また、そう言ってさよならした。
永遠の別れであることを薄々と感じていた
またね、の言葉が淋しく周りの空気を震わせた
あの日から何年経っただろうか、
思い出すたびに
その淋しい空気の匂いが
鼻をツンと冷たくする
涙
彼女は幼い頃、泣き虫だった
小中高と泣きたくなるようなことがあっても、人前では泣かなくなっていた
だが、自分から別れを告げた相手を失った時、
涙があふれてあふれて止まらなかった
枯れ果てるまで泣いた
枯れ果ててるのに眼は泣こうとするからとても痛かったそうだ
それから10年近くして、
命をこの世に生み出した時、
彼女は人生で初めて、感動の涙を流した
感動することがあまりなかった彼女にとってはとても不思議な体験だった
それから13年
彼女は一切の感情を失った
何を言われても、涙が一切出て来なかったそうだ
彼女はこう思ったそうだ
失ったものがたくさんあるのに、
さらに自分の感じる心さえなくしてしまったのか、と
涙はもう戻って来ないんだと思ったそうだ
だけど、彼女に対して、淡々と、話を聞いてくれる人が身近にいたと、その存在に感謝することができたとき、
彼女の心に一筋の光が差し、
瞳から涙が溢れ、頬を伝った
小さな幸せ
病気になる前は気付けなかった
病気になって気付くようになった
あたりまえなことなんてどこにもない
みんな奇跡の積み重ね
春爛漫
日に日に暖かくなり、
桜が満開になる、春爛漫の頃
私は毎年、あの人と見た桜を思い出す
あの人は覚えてるだろうか、
忘れたと思っていた
送られてきた、同じ場所の桜の写真
あの人も少しは思い出すことがある、そんな気がした
私の勝手な勘違いかもしれないけれど
私が送った植物を処分したり、誰かに譲るわけでもなく、持って行ってくれたと聞いた時
あの時の私は大切にされていたんだ、と後から知った
取り返せない時間
戻れない過去
振り返ってはみるものの
私は前に進みたいから
思い出はそっと、そのままに置いておく
春の記憶は
いつまでも心身を蝕み
私達の関係にひびを入れる
自分の意思でそうしたのなら
自業自得だと思えるのだけれど
自分の意思だとは言い切れない
振り返った時に、なぜそう言ったのか
理由が何一つ思い浮かばないから
でも、きっと誰にも理解はされずに
片方には傷だけが残り
片方には傷つけてしまった後悔だけが残る
まだ浅い傷は
修復されておらず
赤い血を流している
骨まで見えそうな深い傷
何かがその傷を癒すきっかけになればと願わない日はない