草臥れた偏屈屋

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9/6/2023, 2:51:17 PM

私は幾人の命を看取ってきただろうか。時には追い詰められ自死を決意した者の命を、病床に臥す老体の命を、不運な赤子の命らを私は看取った。しかし、彼の者の行先は知らない。ただ私は時を告げるもの。人が最後の心拍をするとき、私は側にいる。
「まだ死にたくない。」
1人の男が血塗れた胸を手で押さえ、呟いた。彼の手によって失われた命も私は看取ってきた。そして、次は彼を撃った者を私は看取るのだろう。
「お前は悪魔か…」
男は私を見て言った。人は奇妙な存在で、ある者は私を天使と言う。私の姿は、彼らの行く末を知らしているのか願望なのだろうか。私は横になる彼に手を差し出した。
「貴方の時は終わった。行くべき場所に行くだろう。」そう告げると男は身体を置いて飄々と歩いていく。まるで彼だけには分かる道があるようだ。残された亡骸の赤黒くなった軍服には銀色のドックダクが煌めいていた。私はすぐ次の者に呼ばれた。
「まだ死にたくない。」
と男が呟いた。

「時を告げる」

9/5/2023, 3:29:51 PM

揺れる電車に身を任せ、車窓は私を反射させる。草臥れた顔とスーツは都会で錆びついた無味乾燥な大人かのように思わせた。様々な電光を潜り抜ける電車は、ただの小さなアパートへ向かう。しかし、私は潮騒の音を思い出す。耳をすませば、電車の音は霞んでいき波の音に変わっていく。海音貝を耳に当てるかのように、私の心はいつでも故郷へ帰れる。ほら、潮の匂いも感じてきた。決して褪せず常に湧き上がる居場所がそこにはある。揺れる電車に身を任せ、車窓は海を反射させる。そして、私は貝殻の耳を堪能する。

「貝殻」