#世界の終わりに君と
これは、単なる日常。
君とおしゃべりして、笑いあって、食事をして、一緒に眠る。
毎日の繰り返しのその先。
その先、が無いだけ。
世界の終わりが来るならば、そんなものがいい。
遠い昔にそんな話をした。
実際はそんな、途切れた映画のフィルムみたいに、ある日いきなり世界が終わるなんてことなくて。
少しずつ、少しずつ、生き物の住める場所が消え、人は住処を替え、少ない食料を求めて争い、自らその数を減らした。
君と私はなんとか生き残って、僅かな食料を分け合って身を寄せ合って暮らしていた。
ある日、とうとう食料も手に入らなくなって、代わりに君が私に見せたのは2つのカプセル。
これを飲んで眠ったら、二度と目が覚めないんだって。
私達は、手を繋いでカプセルを飲んだ。
緩やかに訪れる眠気に抗うように、ぽつりぽつりと思い出話をした。
世界が終わるまで生きるより、私達は私達の世界を終わらせる事を選んだ。
穏やかに。
最期は君と居られて幸福だったと、笑えるうちに。
昔夢見た最期に、少しでも近付けただろうか。
そうして、私の意識は途切れた。
2023.06.07
#最悪
調子が悪いな、とは思っていた。
時々フリーズするし、勝手に再起動かかるし、電源入れてなんでか黒い画面出たりするし。
それでもだましだまし使っていたノートパソコンが、突然の青い画面からの沈黙。
電源ボタンを長押ししようが本体を振ってみようが、痛いほどの沈黙。
「もう駄目だーーーー!!!!!」
この中には、来月締切の卒論の資料からなにから全部入っていたのだ。
「予想できた未来過ぎて草。そこまで駄目ならせめてクラウドにバックアップ取っとけよ」
「なんなのお前は俺を追い詰めたいの!? もっと優しくして! 慰めて!」
パソコンの状態を相談していた友人のところに駆け込んだものの、彼は無常にも「いやもう無理だろコレ」と死刑宣告を告げる。
ガチ泣きしている俺に引いている友人は、渋々というのを隠す様子もなく「データだけでも取り出せないか試してやるから泣きやめ」と吐き捨てた。
「は? 神か?」
「出来るかわかんねぇぞ」
「俺は今悪魔にでも縋りたいんだ。やってくれ。金は出す」
「ちょっと待ってろ」
それから友人が何をやっていたのか、俺にはわからない。なんせ、クラウドもよくわからない機械音痴である。
俺にはパソコンに向かって作業する彼が、物語の中のスーパーハッカーに見えていた。
「やっぱ無理だわ。ディスクがおしゃかになってら」
「嘘だろー!? ここはお前が華麗に解決して俺が歓喜に咽び泣きお前を崇め奉るところでは!?」
「現実は非情なんだよ」
終わった。今からまた資料を集めて論文を書き直すのか。いやまぁ、機械音痴だから資料は紙のがあったりもするんだけれど、ちまちま慣れないタイピングで書いてきた論文はいちからである。
灰になってしくしく泣いている俺に、友人は何やら小さな四角い箱を渡してきた。
「何コレ」
「外付けHDD。ひと月前、お前がそれ見せに来たときに、念の為データのバックアップ取っといた。ひと月分の遅れなら、まだどうにかなるんじゃね?」
「神!!!!」
「うるさ」
俺は友人に抱きついて、感謝の気持を込めてほっぺたにチューをした。殴られた。
「早く新しいパソコン買え」
「どれ買えばいいかわかんないから着いてきて!」
ため息を付き、文句を言いながら、なんだかんだ俺に付き合ってくれる優しい友人に、卒論提出したら寿司か焼肉を奢ろうと心に決めるのだった。
2023.06.07
『子供のままで』
「ぼく、おねえちゃんとけっこんする!」
なんて、言ってくれたのは幼稚園の時だったか。
ご近所のまーくん。たしか、真くん。
12歳年下の可愛い男の子。
何故だかとっても懐いてくれて、我が家に一人で遊びに来ることもしばしば。お母さまには平謝りされたけれど、まーくんはいい子でうちの母は久しぶりの幼子にテンション上がりまくりで逆にお礼を言っていたり。まーくんは、居間で勉強する私の隣で折り紙やお絵描きやひらがなドリルなんかをやっていて、本当に大人しい子だった。それを言ったらお母さまは何故か唖然としていたけれど。
小学校に上がっても、私をゆき姉ちゃんと呼んで慕ってくれて、それはそれは可愛い弟だった。
だけど、やはり。
思春期というものがくるわけで。
「俺、もう姉ちゃんて呼ばないから」
と、中学の学ランに身を包んだまーくんに言われた私は、一人しょぼくれながら缶チューハイなど呷っているわけで。
ああ、あの舌っ足らずに「ぼく」と言っていたまーくんが「俺」。
「ゆき姉ちゃん」と呼んでくれていたのが、「ゆきのさん」。
さ、さみしい……。
これもまーくんの成長の証、大人の階段なのだとわかっていても、もっともっと子供のままでいて、と思ってしまうのは親目線だろうか。
きっと、まーくんはどんどん成長して、ご近所さんの私となんてすぐ疎遠になって、可愛い彼女が出来て結婚をしてしまうだろう。
寂しいけれど仕方のない話。
そうなったらどこか道で行きあった時に、「昔は『お姉ちゃんと結婚する!』って言ってくれたのにねぇ」なんて近所のおばちゃんムーヴで笑い話にでも出来るだろうか。
ああ、寂しい。まだまだ子供で居てほしい。
そんな風に思いながら酒を過ごして二日酔いになってから数年後。
成人した誕生日にまーくんに告白されるとは夢にも思わないゆきのだった。
2023.05.12
まーくんはまーくんで、ゆきのがまっっっったく意識してくれないので心が折れかけたし、終いにはゆきの以外の両家家族一同みんなに応援されてた。
『愛を叫ぶ。』
「世界の中心で愛を叫ぶってあったじゃん、めっちゃ流行ったやつ」
「おん。読んでないし観てないけど」
「20年前だって」
「…………………なんだって?」
「20年前。正確には映画が19年前。小説が22年前」
「うっそだろ……。え、マジで? 確かにちょっと前感あるけどさぁ……」
「信じられるか、小説が出た年に生まれた子供が成人してる。あ、今は18歳成人だから映画の方でも成人してんのか?」
「まじかー……俺達も年取ったなぁ……」
「俺は子供一人成人するより長くお前と一緒に居ることがびっくりだよ」
「何言ってんだ、今生まれた赤ん坊が成人してもまだ一緒に居るつもりだぞ、俺は」
「マジかぁ……」
「マジだ」
「マジかぁーー…………」
2023.05.11
年数計算間違えてたらごめん。
『モンシロチョウ』
弟と二人ゲームをしていたら小腹が空いて、コンビニでホットスナックを買った帰り道。
「ねぇ、これなんだっけ」
弟の人差し指が示す先には、小さなトゲトゲした芋虫がいる。
「ええー、なんだろ。アゲハチョウ……はもっと大きいか。モンシロチョウとかかな。ググれば」
「え、無理。画面ででかい写真で見るのは無理。あと写真出たら画面触れない」
「お前苦手なのか平気なのかわかんねぇな」
本物眼の前にしても平然としてる割に、そんなことを言う弟は、検索する俺のスマホ画面を覗き込んで「うぇー」とか呻いている。
「やっぱモンシロチョウっぽい」
「そっかー。こんなとこに居ると鳥にくわれちまうぞ、葉っぱの方いきなー」
落ち葉と枯れ枝を器用に使って芋虫を草むらに戻す弟。やっぱりお前の苦手の基準わかんないわ、俺。
「いいことしたわ」
「わかんねぇぞ、『あっちの草むらに行きたかったのに戻された!』って思ってるかもよ」
「あー、やめろよそういう事言うの!」
お前も肩パンやめろ。痛い。
「モンシロチョウが飛んでると春だなって思うよな」
「そうだな。実際春に飛んでんのかわかんねぇけど」
チューリップとちょうちょの組み合わせは春だと刷り込まれている気がする。
「なー、明日花見行こうぜ」
「桜はもう散ってるだろ」
「花ならなんでもいいじゃん。兄貴、桜が咲いてる時帰ってこねぇんだもんなぁ」
学生のお前と違って社会人のお兄様に春休みはないんだよ。
「なんだ、寂しかったんか?」
「そーーじゃねぇけどぉーーーーー」
完全に口調が拗ねている。道理で帰省してからこっち、妙に絡んでくるはずである。
「じゃー、親父に車借りるかー。お前、どこ行くか調べとけよ」
「わかった!」
弟の尻に盛大に振られる犬の尻尾の幻覚が見える。うい奴め。
花畑には、モンシロチョウは飛んでいるだろうか。
そんなことを考えながら、俺達はのんびり家路を辿るのだった。
2023.05.11