『約束』
ゆびきり
げんまん
嘘ついたら針千本飲ます
幼い頃、ずいぶん乱暴に約束を破ることに対するペナルティを課していたものです
実際には指を切ってやったたことも、ゲンコツを10000発くれてやったことも、針の1本すら飲ませたことはないけれど
でも昔より今の方が、世の人々は暴力的な気がします
約束を破った人、悪事を働いた人、非難対象を見つけては殴る蹴るの代わりに言葉で攻撃する人のなんと多いことか
ここぞとばかりに無関係の人を攻撃するその行為のどこに正義があるのでしょう
約束を破って罰されるのは、約束を破った人を罰するのは、約束を交わした本人達だけのはずなのですが
せめて自分はそうなるまいと、自分と約束しておこうと思います
『あの日の温もり』
ほら、また勘違いしてる
『あの日の』と言われただけで、昔の記憶を掘り起こそうとしてるでしょ?
違うんだよ
大切だった、もっと大切にすればよかったと思うその温もりときっと同じくらい大切なはずのものが、昨日も今日も君のすぐそばにある
一番大事なものは、今君のすぐそばにある
あの日を懐かしむのもいいけど、今この瞬間も大事にしないと
いつかの遠い未来で、今日があの日にならないように
『記録』
人の記憶には限界がある。
だから人は記録する。
古くは壁に記すところからはじまり、書物へと進化し、現代ではデータという情報として大量に記録を保存できるようになった。
一方で、簡単に記録出来てしまうが故に、人は記憶を疎かにするようになった。
その目と心に焼き付けるよりも、スマートフォンに残し、ソーシャルメディアで発信することに夢中になる。
思い出をいつでも振り返ることができるのは素敵だけど、記録に必死で記憶する力が弱まってはいないだろうか。
他人の評価軸やいいねの数から解放されて、この瞬間を生きる自分でありたい。
『さぁ冒険だ』
冒険。
なんの変哲もない日常の対極。
人が平穏をわざわざ捨てて冒険してみてしまうのは、刺激が足りないからなのか、今より良い何かを求めているからなのか。
足るを知れという人もいる。
現状維持は退化という人もいる。
あえて険しきを冒す、今を生きる全ての冒険者の勇気に、そして愚かさに愛を。
『日の出』
日の出とか日の入りとかいうけど、その言葉は天動説に基づいてる。
言葉が概念に先行したのだ。
実際にほ日が出たり入ったりしている訳ではなく、日照範囲に入った、出たというだけで。
日本に地動説が取り入れられたのは18世紀前後で、そう考えるとまだ数100年しか経ってない。
日の出、という表現は始まりを表す。
正しさよりも侘び寂びで言葉が生き残るのも、日本語の粋だと感じる。