奮発して買ったアンティーク調の食器棚。白い壁の台所にはあんまり似合ってないけれど個人的には満足している。
戸棚を開けば、これもまた自分が気に入ったものだけを集めたカップとソーサー。最近のお気に入りは誕生日祝いに貰った、白地に茶色の横ラインの入ったすこしゴツめのティーカップ。
実はもうひとつ押し付けられた色違いのカップもあるのだが、これは贈り主が尋ねた時にこれに紅茶を淹れてくれと強請られている。既に何度か使ったお揃いのカップは茶渋が残らないように大切に、壊さないように大事に丁寧に扱っているからすっかり愛着が湧いてしまった。
この緑色の施されたお揃いのカップが有る限り友人が訪ねて来てくれるというだろうという期待も込めて。
棚の中に並んだ紅茶の缶を眺めて小さく唸る。
今日はどれにしようか。
大切な器に淹れる紅い液体はとびきりのものにしなくては。ストレート?ミルクティー?フレーバーティーも捨て難い。お茶請けは何にしよう。焼き菓子でもいいけれどたまには果物なんかでもいい気がしてきた。
悩みに悩んで手に取った紅茶の缶から茶葉を…2人分掬い上げる。調度沸いた湯をポットの中に注いで蒸らす。
その間に今日は横着をしないで洒落た籠の中へ焼き菓子を詰めた。フィナンシェとアーモンドのクッキー。近所の洋菓子屋で手に入れたお気に入りの菓子だ。
そうこうしている内に自分が好みだと認定した時間を迎えてしまった。慌ててポットの中身をティーカップへ注ぐ。
ふわりと品のいい香りが鼻腔を擽った。
窓に反射した自分の顔の口許が緩んでいる事に気が付いてしまい、少しだけ気恥ずかしくなる。
ちょうどその時、ぴーんぽん、と間の抜けたインターホンが鳴り響いた。タイミングを見計らったかのようなその音に堪えきれず吹き出して笑いながら床へスリッパの底を叩き付けるようパタパタと音を鳴らして玄関へ向かう。
「いらっしゃい。来ると思っていましたよ。」
「なんや、バレとったんか。…紅茶の香りすんな、淹れたとこ?」
「まさに今淹れたところです。さぁ、どうぞ。」
「ほな邪魔すんで。」
難しい事を言ってくれるじゃないカ。
そもそもソイツの定義って何なんだ?
定義付けられるようなものじゃないだなんて云うけれど私にはどうしたって定義を求めたくなるものの一等上にあるんだよ。
そもそもだがね、私は君を100人もいらないんだよ。
君一人で腹一杯だと云うのにそんなものを世の人は100人
デキルカナー?なんて挑戦するのかい。馬鹿げてるね!
まあそういうことだよ。私にとっての君みたいなのがそうだと思うんだが違うかね。
私は違うと考えるよ。
友達なんてかっるい間柄じゃないだろう、俺達は。
行かないで
って言えたらどんなによかったことか。
あの時、遠ざかる背中に手を伸ばさなかったのを今でもずっと後悔している。だけど、心のどこかでは引き留められなかった自分に安堵している矛盾した気持ちもあって、やっぱりずっと気持ち悪いままだ。
真っ赤な夕焼けに消えていくあの人が翻すコートの端に手が触れていたら、きっと現状は無いのだろう。あの人は優しいからきっとこんな地獄を受け入れてくれる。そうして変わり映えのしない生温い日々をずっとずっと繰り返していくのだ。あの人の地獄はわたしの天国。
だから引き留められなかった。
あの人の瞳には未来が映っていて、その中にはわたしもちゃんといたのだけれど。わたしの目には雁字搦めの過去しか見えていなかった。宝物ばかりを詰め込んだ大事な大事な過去。無数の骸のような宝物たちが行かないでって足を引っ張る。手を引いてくる。首を絞めてくる。
そうしてわたしはあなたの未来にならなかった。
行かないでっていえなかったこと、今でも後悔している。
どこかで輝いているあなたが恨めしい。
せいぜい元気に生きて、時々頭の片隅にわたしを思い浮かべて心に靄を燻らせるといい。
今度は私があなたに行かないでって言わせてやる日まで。