……雀の鳴き声。暖かい毛布に、上手く開かない瞼。
いつもと変わらない朝、そう、変わらない毎日のスタート。
期末テスト当日でなかったら、いつも通りの幸福な1日になっただろう。
………あれ?
聴き馴染みのない主婦の声。
私は慌ててスマホを開く。
悲しいね。寂しいね。楽しかったよ。
あれ、嬉しかったよ。格好よかったよ。
辛い言葉は進行形で語りかけられ
幸福な言葉は過去形で語りかけられる。
新たな思い出とは、もう出会わない
「バイバイ、お爺ちゃん」
覗き窓が静かに閉まる
ぺら…‥ぺら…‥ぺら。‥すんっ、ふぅー。
灰色で、静かなバス停。彼女の呼吸音だけを聴きたい。
「はぁーっ」 目の前が白くぼやける。
「ね、手止まってる」
いつまにか目線が僕に向いている。
「ごめん」
同じ大学に行こうと言った。今年の8月のこと
ぺら……‥ぺら……
彼女の手が、また単語帳を捲る。
パラララッ…
落書きだらけのノートを開く。
「冬になったら、ラストスパートだね」
返事はしない。
約束なんてしなければよかった。
「たーくん、バナナあるよ、食べる?」
「……」
彼はぶっきらぼうに一房の内の1本を指差した。
やっぱり怒ってるのかな?でも、そんな姿も今や癒しだ。
「あ、知ってる?こっちの黒いのの方が……」
選ばれた物とは別の物を手に取って見せる。
「ねぇ、パパは?」
「……」
シミだらけでくすんだ頬を撫でる。
「黒いのの方が…甘くて美味しいんだよ‥」
「やい、何処へ行かれるか」
妻に先立たれてから、見境なく話し掛けるようになってしまった。いや、"なれた"と言う方が正しいだろうか。
「ふふ……あなた、人見知りは治ったの?」
「おや、君のは、まだみたいだね」
小さな体は、塀の上を軽やかに歩き去っていく。
「1人で大丈夫かい?まだ、そんなに小さいじゃないか」
「元は大人よ?」
彼女は腕の代わりに短かな尾を振った。
丸い腰に白い毛に性格、生前の妻そのままだ。
猫は一生に一度だけ喋れると言うが
「…まだ心配性は治ってないみたいだね」