「早く早く! もっとスピード出せないの、急いでよ!」
「やかましい! 折角迎えに来てやったのに贅沢言うな! 安全運転で我慢しろ!」
「そんな~。僕死んじゃうよ~」
明け方迫る町中の公道を、俺たちを乗せた小さな車が家路を急ぎ走っていく。
走行音は至って静かだが、腹の虫が収まらない俺のせいで、車内は喧々囂々とした言い合いが続いている。
メソメソする女々しい相棒をミラー越しに見やり、これ見よがしに舌打ちをしてやった。
「だいたい、おまえは吸血鬼って自覚がなさ過ぎんだよ! 何で普通に明け方までどんちゃん騒いでんだ。ちゃんと終電前に帰って来いっていつも言ってんだろ! 忘れてんじゃねーよ!」
「だって、皆と飲むのが楽しすぎるんだもん!」
「それで帰る足なくしてりゃ世話ねえよ! シンデレラ見習え馬鹿! 」
「ごめーん」
本当に反省してんのか。言いたいことは山とあったが、全部のみ込んでため息だけを吐き出した。
何でコイツを相棒にしてしまったのか。
人外と分かっていながら拾ってやった辺りから、もう俺の運は尽きていたのだろう。
役に立つこともあるが、何せ手間がかかってコスパが悪すぎる。今日なんかが良い例だ。
まあ、俺のお人好しな性分も大概なのだが。いつかそれが祟って身を滅ぼす羽目になりそうだ。
「それで? たっぷり遊んできたんだ。ちゃんと収穫はあったんだろうな」
「そこは任せて! バッチリ情報収集してきたよん」
「当たり前だ。そうじゃなかったら車から放り出してるわ」
「こ、怖いこと言わないでよ。君なら本当に置いて行きそうだ」
そう言って奴はぶるりと震え、後部座席で小さくなった。
おいおい。真夜中に呼びつけられて来てやったのに、こっちが悪者か?
まったく、世話が焼けるったらありゃしない。
「我が儘言ってんじゃねえ。帰ったらキリキリ働けよ」
「はーい」
聞き分けの良い返事に、呆れてため息で返す。
街灯に照らされ、カーナビの時刻が目に留まる。
散々文句を言ってやったが、幸い夜明けまでまだ時間は残っているようだ。
これなら日の出前に無事に連れて帰れるか。
赤信号で停車し、うんと伸びをして凝りをほぐす。
中途半端な時間に叩き起こされて腹も減った。
帰ったらまず早めの朝飯にしよう。
仕方がないから、おまけで酔っぱらいの阿呆の分も添えてやる。
独りで食べたら、十中八九ふて腐れるに決まっているから。
奴の膨れた顔を思い浮かべ、後ろに気付かれないよう、こっそり笑った。
(2024.01.03 title:002 日の出)
はっとして、目が開く。
日の出の光が明るく差し込み、カーテン越しに寝ている私の元まで優しく届いていた。
新しい年にとてもピッタリ。爽やかな朝のシチュエーションなのに、私の目覚めは最悪だ。
初夢が悪夢なんて縁起が悪すぎる。
まだぼんやりとする頭で辺りを見回した。見慣れた自分の部屋。つまり、現実。それはもう理解しているのに、夢の名残りか、言い様のない不安が拭えない。
もやつきを振り払うようにがばりと布団から起き上がる。
ぱた、と垂れた雫で、その時はじめて自分が泣いていたことに気付いた。
「やだ、もう」
悪態をついて部屋を出る。覚醒しきっていないからか、ぐらりと体が傾く。勘弁してほしい。新年早々こんな体たらくなんて。
夢とはいえ、家族が死ぬなんて。一体何の罰ゲームだ。笑えない冗談にもほどがある。
廊下の先の居間からは、先に起きていたらしい両親の笑い声が聞こえてきた。テレビを見て談笑する二人の姿に、漸く心が落ち着きを取り戻し始める。
まったく。あれは夢、現実はこっちだよ。たかが夢に振り回されて馬鹿らしい。
深呼吸をしてリビングに足を踏み入れる。しかし、未だ早鐘を打つ心臓に、思うように歩みが進んで行かない。
「あらっ明けまして~って。どうしたの、寝巻きのままじゃない」
「頭も爆発したままだぞ」
ふらふらと立ち往生している私に気付いた二人が声を上げる。
父さんの指摘に釣られ、窓ガラスに映る姿を確認する。確かに。私のショートヘアはウニか毬栗のように広がり、見事な髪型となっていた。嘘でしょ。元旦から寝癖まで最悪かい。
「顔色も悪くないか? 具合良くないのなら、もう少し寝て来たらどうだ」
「そうよ、無理して起きなくても」
「だっ大丈夫!」
気遣う二人に慌て、手を振って否定した。余計な心配をかけたくない。
「ちょっと変な夢見て。寝ぼけたまま起きただけだから、もう大丈夫」
二人見て安心したし、と続く言葉は小さく尻すぼみになる。声に出すと、自分の不甲斐なさが割り増しに思えた。大丈夫と言いつつもその言葉には自信がない。幾分か収まったが、胸の鼓動はまだドキドキと弾み、夢の恐怖が続いている。
ああ、良い年して恥ずかしい。何でこんなに不安が消えないの。
「大丈夫なら、良いが。でも本当無理する必要はないんだぞ」
父の言葉に母も頷く。
「部屋に戻らないのなら、ここで一緒にゆっくりなさい。ほら、これで暖まって」
そうソファーに促され、膝にブランケットも勧められる。されるがままに、母と並んでストンと腰を下ろした。
おかしいな。今度は頭も痛くなってきた。妙な夢を見ただけで、何でここまで調子が悪いのか。
「あっねえ見て。あなたの好きな芸人さんじゃない。あの人は何を書いたのかしら」
顔を上げると、テレビではバラエティー番組の新春企画が流れていた。
母が言うように、画面にはアップで私の推しが満面の笑みで映っている。せーの、の合図で裏向きに抱えたフリップを返し、新年の抱負が読み上げられる。その答えは――、
「『電撃 俳優デビュー』」
「え?」
当人の読み上げよりワンテンポ早く呟いた私に、目を丸くして母が聞き返す。
「すごい。よく分かったわね」
「推しのことならお見通し、てところか」
「ああ。いや、まあ――」
交互に褒めちぎられ、歯切れ悪く、曖昧に言葉を濁す。
鈍く繰り返された頭痛は止み、頭はクリアに。その代わり、背筋をつうっと冷や汗が流れ、再び動悸が速くなった。
ああ、そうか。嫌だけど、分かってしまった。
これは、三度目のお正月。
さっきまで見ていた悪夢はある意味現実。
二人の死を防げなかった私は、振り出しへ。
ループの開始地点、元旦の朝へ戻ってきてしまったのだ。
「ねえ、本当に大丈夫? やっぱりしっかり休む? 部屋まで一緒に着いて行こうか?」
青い顔で黙り込んでしまった私を、隣の母が心配そうに覗き込んだ。
その優しい表情に、不意に涙腺が緩みそうになる。
ダメだ。思い出したばかりの私には、何気ない母の気遣いがとても沁みる。
「大丈夫だよ。すぐに良くなるから、まだ二人とここに居たいの」
事情を知らない二人には、体調不良で気弱になっているように見えるのだろう。席を立った父も、居間の隅から私のお気に入りクッションを抱え、そうっと差し出してくる。
大丈夫。大丈夫だよ。
私、今度は間違えない。
次こそは、三人で来年を迎えるの。
それが、私の今年の目標。
二人には言えない、リベンジの始まりだ。
(2024.01.02 title:001 今年の抱負)