ヒロ

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はっとして、目が開く。
日の出の光が明るく差し込み、カーテン越しに寝ている私の元まで優しく届いていた。
新しい年にとてもピッタリ。爽やかな朝のシチュエーションなのに、私の目覚めは最悪だ。
初夢が悪夢なんて縁起が悪すぎる。
まだぼんやりとする頭で辺りを見回した。見慣れた自分の部屋。つまり、現実。それはもう理解しているのに、夢の名残りか、言い様のない不安が拭えない。
もやつきを振り払うようにがばりと布団から起き上がる。
ぱた、と垂れた雫で、その時はじめて自分が泣いていたことに気付いた。
「やだ、もう」
悪態をついて部屋を出る。覚醒しきっていないからか、ぐらりと体が傾く。勘弁してほしい。新年早々こんな体たらくなんて。
夢とはいえ、家族が死ぬなんて。一体何の罰ゲームだ。笑えない冗談にもほどがある。
廊下の先の居間からは、先に起きていたらしい両親の笑い声が聞こえてきた。テレビを見て談笑する二人の姿に、漸く心が落ち着きを取り戻し始める。
まったく。あれは夢、現実はこっちだよ。たかが夢に振り回されて馬鹿らしい。
深呼吸をしてリビングに足を踏み入れる。しかし、未だ早鐘を打つ心臓に、思うように歩みが進んで行かない。
「あらっ明けまして~って。どうしたの、寝巻きのままじゃない」
「頭も爆発したままだぞ」
ふらふらと立ち往生している私に気付いた二人が声を上げる。
父さんの指摘に釣られ、窓ガラスに映る姿を確認する。確かに。私のショートヘアはウニか毬栗のように広がり、見事な髪型となっていた。嘘でしょ。元旦から寝癖まで最悪かい。
「顔色も悪くないか? 具合良くないのなら、もう少し寝て来たらどうだ」
「そうよ、無理して起きなくても」
「だっ大丈夫!」
気遣う二人に慌て、手を振って否定した。余計な心配をかけたくない。
「ちょっと変な夢見て。寝ぼけたまま起きただけだから、もう大丈夫」
二人見て安心したし、と続く言葉は小さく尻すぼみになる。声に出すと、自分の不甲斐なさが割り増しに思えた。大丈夫と言いつつもその言葉には自信がない。幾分か収まったが、胸の鼓動はまだドキドキと弾み、夢の恐怖が続いている。
ああ、良い年して恥ずかしい。何でこんなに不安が消えないの。
「大丈夫なら、良いが。でも本当無理する必要はないんだぞ」
父の言葉に母も頷く。
「部屋に戻らないのなら、ここで一緒にゆっくりなさい。ほら、これで暖まって」
そうソファーに促され、膝にブランケットも勧められる。されるがままに、母と並んでストンと腰を下ろした。
おかしいな。今度は頭も痛くなってきた。妙な夢を見ただけで、何でここまで調子が悪いのか。
「あっねえ見て。あなたの好きな芸人さんじゃない。あの人は何を書いたのかしら」
顔を上げると、テレビではバラエティー番組の新春企画が流れていた。
母が言うように、画面にはアップで私の推しが満面の笑みで映っている。せーの、の合図で裏向きに抱えたフリップを返し、新年の抱負が読み上げられる。その答えは――、

「『電撃 俳優デビュー』」
「え?」

当人の読み上げよりワンテンポ早く呟いた私に、目を丸くして母が聞き返す。
「すごい。よく分かったわね」
「推しのことならお見通し、てところか」
「ああ。いや、まあ――」
交互に褒めちぎられ、歯切れ悪く、曖昧に言葉を濁す。
鈍く繰り返された頭痛は止み、頭はクリアに。その代わり、背筋をつうっと冷や汗が流れ、再び動悸が速くなった。

ああ、そうか。嫌だけど、分かってしまった。
これは、三度目のお正月。
さっきまで見ていた悪夢はある意味現実。
二人の死を防げなかった私は、振り出しへ。
ループの開始地点、元旦の朝へ戻ってきてしまったのだ。

「ねえ、本当に大丈夫? やっぱりしっかり休む? 部屋まで一緒に着いて行こうか?」
青い顔で黙り込んでしまった私を、隣の母が心配そうに覗き込んだ。
その優しい表情に、不意に涙腺が緩みそうになる。
ダメだ。思い出したばかりの私には、何気ない母の気遣いがとても沁みる。
「大丈夫だよ。すぐに良くなるから、まだ二人とここに居たいの」
事情を知らない二人には、体調不良で気弱になっているように見えるのだろう。席を立った父も、居間の隅から私のお気に入りクッションを抱え、そうっと差し出してくる。

大丈夫。大丈夫だよ。
私、今度は間違えない。
次こそは、三人で来年を迎えるの。
それが、私の今年の目標。
二人には言えない、リベンジの始まりだ。


(2024.01.02 title:001 今年の抱負)

1/2/2024, 5:48:40 PM