月の出ない夜更け、使われなくなって久しい廃工場で、たくさんの動くものがあった。
タヌキである。
彼らは、暗がりの中にも関わらず、俊敏に走っていた。
夜目がきかない人間ではこうはいかないであろう。
タヌキたちは工場の真ん中ほどまで進み、そして停止した。
タヌキたちの視線の先には影が2つ。
影の正体は人間である。
背が高い女と背の低い男の二人。
人間たちは無表情でタヌキを見ていた
タヌキたちと人間は睨み合う。
「ブツは?」
タヌキが人間に問いかける。
「ここにある。おい、そのカバンの中を見せてやれ」
背の高い女が、背の低い男に命令する。
男は黙ってカバンを開ける。
その中にはたくさんの葉っぱが詰まっていた。
「最高級の柏の葉、10キロ。確認しろ」
貫禄のあるタヌキが前に出て、カバンの中を覗く。
「確かに。今までのものの中で一番良いものだ」
タヌキは笑みを浮かべる。
「素晴らしい。想像以上だ」
タヌキは変身する時に葉っぱを頭に乗せる必要がある。
葉っぱの良し悪しによって、変身の精度がかなり変わるのだ。
もちろん、普段は最高級品など使わない。
しかし日本中からタヌキが集まるイベント、ハロウィンがある。
そこで全力で化け物に化け、変身の技を競い合う。
去年は他のムレに王者の地位を奪われた。
名誉を取り戻すために、妥協は許されない。
女は、タヌキたちが騒めく様子を見ながら、冷ややかに言い渡す。
「当然だ。次はお前たちの番だ。対価は?」
そう言うと、群れから一匹のタヌキが出てきた。
そのタヌキからはオーラのようなものを感じ取れる。
只のタヌキではないのは明白だった。
「一ヶ月、という約束でよろしかったかな」
貫禄のある、タヌキが言う。
「ああ、問題ない」
女は答える。
「では取引成立だ」
そういうとタヌキたちは、一匹を残し闇に消えていった。
「では、こちらも帰るか」
二人の人間と一匹のタヌキは、タヌキたちと反対の方へ向かう。
工場に出て、外に止めてあった車に全員乗りこむ。
男が運転席に座り、車を発進させる。
「では、目的地につくまで、詳しい仕事内容を教えてもらおうか」
タヌキが言う。
「ああ、事前に伝えた通り、忍者たちの変身の術の講師をしてもらいたい」
「人間の身で変身とは大したものだ。厳しくしていいんだな」
「残念ながら、最近厳しくしすぎると怒られる。ほどほどで頼む」
「人間は大変だな。いや、俺たちもか」
タヌキは、名誉挽回といって燃えていた仲間たちを思い出した。
「一ついいかな」
女がタヌキを見ながら話しかける。
「これはプライベートなお願いごとで、報酬も別に支払う」
「なんだ。言ってみろ。化かしたいやつがいるのか」
女が首を振る。
「触らせてくれ。そのモフモフずっと気になってたんだ。」
目の前の机に紅茶が2つ置かれる。
俺の分と客の分である。
紅茶を置いていった母は、俺にだけ見えるように親指を立てながら、部屋を出ていく。
うるせえ。
母が出ていったあとの部屋に気まずい空気が流れる
紅茶もとても飲む気にならない
机の反対側の客の方に目線をやる。
客は同い年くらいの女の子、容姿は俺の好きな女性のタイプをそのまま体現したかのようだった。
そんな彼女は熱い紅茶をふーふーと冷ましていた。
話が進みそうにないので、こちらから切り出す。
「で、お前、誰なの?」
彼女がこちらを見る。
「最初に言った通り、あなたに助けてもらったツルです」
「‥俺、ツルを助けた覚えないんだけど。人違いじゃないか?」
「間違いありません。私はあなたに救われました」
そう言うと彼女は居住まいを正す。
「あれは昔むかし、具体的には1時間前くらいのことです」
「さっきかよ」
彼女の話は大げさすぎて、さっぱり分からなかったが、話を聞きながら1時間前のことを思い出していた。
放課後、天気がいいので、クラブのみんなで部室を掃除することになった。
ロッカーの裏から千羽鶴が出てきたのだ。
俺たちが生まれたくらい昔に、大会優勝を願って折られたものらしい。
捨てるという話になったのだが、もったいないと思い、俺が持って帰った。
「分かった。お前千羽鶴のやつか」
「はい」
俺は納得した。
「なるほど、それで恩返しと」
「それは違います」
思わず彼女の目を見る。
「私は千羽鶴です。願いを叶えるために存在します。今日はあなたの願いを叶えに来ました」
「えっと、俺の願いを?大会優勝は?」
「私が生まれたときのことですか?あれは結局人数が足りなかったので大会自体に出ていません」
衝撃の事実に言葉を失う。
願い事の優先順位おかしくない?
「なので願い事を叶えられず、私はずっとモヤモヤしていました」
彼女は俺の目を真っ直ぐ見てきて、どきりとする。
「あなたの願い事が大会優勝というのなら叶えましょう。でも違いますよね。あなたの願い、それは恋人ー」
「チガウヨ」
食い気味に否定する。
「恥ずかしがらなくても大丈夫。私には何もかもお見通しです。この姿もあなたの好みに合わせました」
「勝手に頭の中覗くなよ」
うわ、俺の好み知られてて恥ずかしい。
「さっそく結婚式を挙げましょう。そして子供の数は、えーと」
「話進めのんな。頭覗くな」
「待ちなさい」
声の方を見るとドヤ顔をした母親がいた。
なんでいるんだ。
「話は全て聞かせてもらいました」
「いや、聞くな」
母親は俺を無視して話を進める。
「ツルさん。何事にも段取りというものがあります」
「段取り‥」
彼女が俺の母親を真っ直ぐ見る。
母親のことを無視するのが俺の願いなんだけど、彼女は叶えてくれそうにない。
母親は続ける。
「そう、デートをたくさんして、思い出をたくさん作り、絆を深めるのです。そして息子からプロポーズ。結婚はそれからですよ」
「なるほど。私は結論を急ぎすぎたようです」
彼女がなんか納得した。
「待て待て。本人不在で話を進めるな。俺はー」
「なら恋人は必要ないと、今ここで断りなさい」
俺は一瞬言葉に詰まる。
「でもお互いの気持ちというか」
「あら、それなら問題ないわ。この子あなたのこと好きよ。一目惚れね」
驚いて彼女の方を見ると、彼女は赤くなっていた。
「だって恋人役、自分じゃなくて、他の女性でも良いものね。彼女、あなたを独り占めしたいの」
唐突に来たモテ期に動揺する。
「でも、俺はー」
「あんまグダグダ言うと、お小遣い無しよ」
「僕が間違ってました。お母様」
母親はこほんと咳払いした。
「さしあたって、今月末ハロウィンがあります。そこでデートしてきなさい。もちろんコスプレも。準備も絆が深まるわ」
「分かりました」
「ワカリマシタ」
オレたち同意する。
「ただ、ツルさん。デート以外にもすることはたくさんあります。花嫁修業です。まずは息子の好きな唐揚げを作りましょう」
「分かりました、お母様」
そう言って二人は部屋を出ていった。
あまりの展開に心を落ち着かせていると、台所から母親の楽しそうな声が聞こえてきた。
そういえば娘が欲しいと言ってきたような気がする。
思えばいつもより強引だった。
過ぎたことを考えても仕方がない。
とりあえず、デート用の服を買いに行こう。
立ち上がろうとして机を見ると、冷めた紅茶が目に入る。
どうしたものかと考えていると、紅茶の香りが漂ってきた。
顔を上げると、部屋の入口に彼女が立っていた。
手には2つ紅茶を持っている。
「さっき飲みそこねてしまいましたからね。一緒に紅茶を飲みませんか」
ハロウィンまであと4日。
私は貧乏神。
人々からの嫌われ者
私は人を貧乏にすることが仕事だからだ。
貧乏にすることで、お金の有難みを教える。
それが私の使命。
だがこの使命について、思うところはある。
貧乏なるということは、基本的に不幸になるということ。
誰だって不幸になりたくないので、みんな私を嫌う。
誰からも歓迎されない仕事はなかなかに辛いものがある。
どこに行っても疎まれ、払われるか追い出される。
だれからも望まれないのだ。
しかし何事も例外はある。
ハロウィンだ。
疎むどころか、歓迎してくれる。
初めての行ったときは、なにかの罠だと思ったくらいだ。
化け物どもが世界を歩ける日、それがハロウィン。
街を歩けば、コスプレのクオリティが高いとも言われた。
まあ本人なので、クオリティもないのだが。
また冗談で貧乏にしてやると言っても喜ばれる。
さすがに自分を褒めてくれる人間にわざわざ不幸にするほど趣味はない。
ちょっとだけ貧乏から遠ざけるてやるくらいだ
今まで邪魔者扱いが当然と思っていたが、必要とされることもあるというのは衝撃的だった。
そして次の日からの仕事も、いつもより充実したように感じた。
現金なものだと自分でも思う。
その年から毎年ハロウィンに参加している。
私は人のことが嫌いで、貧乏にさせるのではない
人を堕落させないためで、ほどほどに不幸にして戒める。
その不幸のあと、人は幸せつかむ。
それが私の使命。
そんな使命も辛くなることもある。
私はハロウィンに行って分かったことがある。
私には愛の言葉が必要だったのだのだ。
私はもう迷わない
今年もハロウィンへ参加する。
ハロウィンまであと5日
「ずっと友達だよ」
小さい頃、何度も言った言葉。
でもずっと友達だった子はいない。
たった一人、べとべとさんを除いては。
べとべとさんは妖怪だ。
道を歩いていると、“べとっ、べとっ”と足音を響かせながら、後をつけてくるだけの姿の見えない妖怪である。
初めて遭遇した時、怖さのあまり泣いてしまったが、べとべとさんが戸惑ったように足音を響かせていてすぐに笑ってしまった。
それから仲良くなった。
付き合いも長いと、足音の響かせ方で色々分かる。
嬉しときはなんとなく足音が軽いし、犬の糞を踏んだときはとても足取りが重かった
大学に受かった時は飛び回って一緒に喜んでくれたし、自分が失恋した時は、隣をずっと歩いて励ましてくれた。
正直な話、相手の事をよく知っているとは言えない。
でも、それでいいのだ。
言葉を交わせなくても一緒にいる。
それが友達だから。
ある日、近所の家電量販店で冷やかしをしていたところ、突然足音が聞こえなくなる。
振り返って、べとべとさんの気配を探る。
ここまで付き合いが長いと足音が聞こえなくても、気配でわかる。
近くに歩み寄り、べとべとさんの隣に立つ。
そこはテレビコーナーで、テレビでは渋谷のハロウィン特集をやっていた
「あー、もうハロウィンの季節か」
あまり騒ぐのが好きでない私は、こういったイベントに参加したことはない。
しかし、べとべとさんは何やら興奮している様子だった。
行ってみたいのだろうか。
少し考える。
べとべとさん結構人見知りで、家まで入ってこないし、修学旅行旅行も旅行先までついてこなかった。
しかしこういった他の土地のイベントや旅行番組はよく見ている。
興味はあるのだろう。
遠くに行けない理由があるのか。
あるいは行きたいが、行き方がわからないのか。
考えても仕方がないので、思いきって口に出してみる。
「行ってみる?一緒に?」
そう言うと、べとべとさんは飛び跳ねるような足音を響かせる。
あまりの喜びように自分も嬉しくなる。
思えば友人との旅行は初めてだ。
イベントに興味のない自分でも、だんだん楽しみになってくる。
友達と一緒ならなんでも楽しむことができる。
友達とは良いものである。
ハロウィンまであと6日
「行くのか」
老人は声をかけられたことに驚く。
「ほう、儂に気づいておったのか」
老人は興味深そうに声の主の男を見る。
「ああ。あんた、ぬらりひょんなんだろ」
「その通り」
ぬらりひょんと呼ばれた老人はクツクツと笑う。
「なぜ分かった?」
「そうだな、この家には主人がいないって知ってるからかもな」
「なるほど。そういうこともあるか」
ぬらりひょんは仕切りに感心していた。
「どこに行くんだ」
「ちと渋谷へ。ハロウィンにな」
「さすがにハロウィンはまだ早いだろう」
「早めに行って渋谷がよく見える家に居着こうと思っておる」
「ハロウィンに思い入れがあるのか」
「思い入れはないが、仲間たちが集まると聞いてな。百鬼夜行でもしようかと思っておる」
「そうなのか」
男は老人に目をじっと見た。
「何じゃ。まさか行くなと言うつもりか」
男は肯定した。
「ああ、行かないでくれ。この家には主人が必要だ。偽物でも」
「何言っておる。自分でも言うのもなんじゃが儂は邪魔者であろう」
ぬらりひょんという妖怪は、忙しい時にその家の主人のように振る舞い、お茶と茶菓子を食べてくつろぎ、そして帰っていく。
ただそれだけの妖怪である。
何の役にも立たない。
強いて言えば、作業の邪魔である。
「もう何ヶ月もいるだろ。何ならまた帰ってきてもー」
「お前、怖いのだろう。家の主人なるのが」
ぬらりひょんは男の声を遮る。
「それはー」
「子供が生まれるのだろう。自信がなくとも、この家を支える人間に、家の主人にならねばならん」
「俺には、出来ない。怖い」
「それでもだ」
老人は若者を諭すように話す。
「自信が無いのなら、周りを頼るといい。儂を見てみろ。一人では何もできん」
男は思わず吹き出す。
「話しすぎたな」
ぬらりひょんは玄関の方へ向かう。
男は黙ってその姿を見送る。
ぬらりひょんがドアノブに手をかけ、思い出したように話はじめる。
「一つ、言い忘れたことがある。この家を出る理由だが、実はもう一つある」
男は何も言わず、続きを待つ。
「一つの家に、主人は一人だけだ。二人は多すぎる」
そう言ってぬらりひょんは出ていった。
「ただいま」
ぬらりひょんが出ていくと同時に、妻が産婦人科から帰ってきた。
「検査、問題ないって。順調に行けばあとー、ってどうかした?」
妻が顔を覗き込む。
「何にもないけど」
「ほんとに?ならいいけど」
「あのさ」
「何?」
「俺、頼りないけど、頑張るから」
妻は笑う。
「なに言ってるの。いつも頼りにしてるわよ」
自信は相変わらず無い。
だけど、もうちょっとだけ頑張ってみようと思う。
生まれてくる子供のために。
ハロウィンまであと7日